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竜神
しおりを挟む竜神は、街の中央にある神社のすぐ横の大きな湖に棲んでいて、気に入った乙女を娶るという言い伝えが、この地域には大昔からあった。
月花はそれを、子どもの頃に両親から聞いていた。
街の人達は半信半疑だったけれど、実際に何年かに一度少女が湖で行方不明になっていた為に、過去に何度もニュースや新聞のトピックスとして話題にはなっていた。
割と家のすぐ近くにその湖はあった為、月花はほとんど覚えていないけれど、子どもの頃には姉と2人でよく遊びに行っていたそうだ。咲夜と出会うずっと前のその頃はまだ、その湖は人は近づいてはいけないと言われている場所だったのを二人とも知らなかったからだ。
水辺で遊んでいたことが親にバレて、きつく叱られてからはそこに近づくことは無かったが、その遊びに行った時に姉は竜神に目をつけられたのだろうと、親たちは言った。
竜神に攫われたその時、姉は16歳だった。
あともう半月で、咲夜との結婚が決まっていた。
咲夜は気が狂ったように毎夜、湖へと繰り出し姉の名を声が枯れるまで呼んだ。親たちがそれを止めようと手を伸ばすも、暴れて手がつけられなかった。いくら家で縛り付けても、縄を解いて湖へと行ってしまうのだ。
あの優しくて冷静沈着な彼が、湖の淵で腹まで水に浸かりながら絶望に泣き叫ぶ姿を見て、私も林に隠れながら人知れず声を殺して泣いた。
お姉様、帰ってきて。
貴方の愛しい人が泣いています。
どうか、どうか、帰ってきて。
月花のその懇願の声は誰にも届くことなく、少女の中だけで繰り返し響いた。
どんなことをしても、姉を連れ戻さないといけないと、思い込むようになるまで。
それからの6年は、あっという間だった。
月花は居なくなった姉と同じ、16歳になった。
姉のように色素の薄くはない少女は、真っ黒な瞳と髪をしている。ただ、顔立ちは姉によく似ていた。
鏡を見る度に寂しくて悲しかった。もう一度、姉に逢いたかった。何度も何度も、鏡を抱きしめて泣いた。
咲夜はあの後、しばらく自身の家の病院へと入院し、その後なんとか回復して退院した。
入院中、やつれ切った咲夜に会った時、彼への恋心で一瞬でも姉が居なくなったことを、心の片隅ででも喜んでしまった自分を、月花は八つ裂きにしたいと思った。
こんな事を思ってしまったら、姉は帰って来てくれない。
咲夜の心が少しでも落ち着くようにと、季節の花を持ち、たわいも無い話をする為に、月花は何度も病室を訪れた。
最初は視界に全く月花を入れず、話しかけても返事をしなかった咲夜は、何度も少女が通ううちに、徐々に少女に心を許すようになった。
少ないが言葉を交わすようになり、口元に柔らかな笑みを浮かべるようになった頃、一年経ってようやく彼は退院した。
そしてその後、再び家同士の取り決めによって咲夜と月花の婚約が結ばれた。
婚約した少女の年齢は、姉と同じ13歳だった。
「月花。」
「咲夜さん。」
そして、22歳になった彼と16歳になった今の私。
姉と彼が過ごした年月よりも長い時間を過ごす内に、彼は私を呼び捨てで呼ぶようになった。私たちは大好きだった姉を失い、お互いを慰め合いながらここまで生きてきた。
私の名を優しい声で呼ぶ咲夜は、再度結ばれた婚約に関して、終始何も言わなかった。決められているものだと諦めてしまったのだろうと、私は思った。
彼は以前のように笑わなくなった。優しい笑みはそのままだったけれど、月花に向けられるそれは、いつも憂いを帯びていて寂しそうだった。
それでも、愛されたいと、好きな人に見つめられたいと思ってしまうのは止められなかった。悲しい程に、胸が壊れそうになる程に、私はずっと咲夜の事が好きだった。
けれど、その気持ちを伝える事はしなかった。
彼の目は私を映していたけれど、私ではなくて他の誰かを見ていることに、私はずっと気が付いていた。
そしてそれが誰なのかも、重々承知していた。
だから。
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