23 / 23
護ることと護られること【リエナ・ランドーソン】
しおりを挟む「リエナ、貴女はお姉さんなんだから、アシェルをきちんと護ってね。貴女は後継ぎなのだから」
「はい!」
お母様にそう元気に返事をした後、一人きりになった部屋の中で私は声を殺して泣きそうになるのを我慢した。
知っている?泣くのを我慢すると喉の奥がとっても痛くなるの。
あの時、私は七歳だった。でも絶対に泣かなかったわ。
生まれた時から一緒にいた、大切な大切な私の双子。片割れ。大好きなアシェル。勿論、護るわよ。言われなくたって。
アシェルは、男の子なのに私よりもずっと気弱で大人しくて、傷つけられることをいつもとても恐れていたわ。その性質を危惧されて、女である私が男爵家を継ぐことになったのよ。王女だった曾祖母様はえらく勝気な性格で、私は完全に彼女譲りの性質をしていたから、それは全然問題なかったの。
私の一番の心配は、アシェルのこと。
私達は貴族。男爵家とは言え王女も降嫁したこともある名家だったから、何れは魑魅魍魎の中で生きていくことになる。
そんな弱気では駄目なのよ、と何度か叱咤してみたけれど困ったように眉毛を下げるだけだった。でも、そういう所も彼の優しさや繊細な心を現しているから、外見も相まって本当に天使のようねと素直に思ったわ。
アシェルは幼い頃、鴉を飼っていたの。それを隣に住んでいたイザベラが飼っていた鷹で傷つけて殺してしまったのよ。真っ青な顔をして動けなくなってしまったアシェルの代わりに、なんてことしたのって怒鳴りつけてやったら、「だって、アシェル様が私のことを見てくれないから」ですって。あまりの悍ましさにぞっとしたわ。その頃からアシェルは段々笑わなくなって、怖がることも減ったけれど喜ぶ顔も見せてくれなくなった。
私もアシェルも、外見は曾祖母様に似ていて、大きくなればお母様のようにとても美しくなると、ずっと昔から言われていたわ。見た目が良いと言うことは、良い事も沢山あるけれど悪いこともあるの。色んな人を惹き寄せてしまうのよね。男も女も、有象無象の人々を。
お母様はお父様にずっと子どもの頃から護ってもらっていたそうだけど、私達は自分自身で自分を護らなければならなかったの。勿論、騎士はいるわよ。でも学園の中まではついてこれないでしょう?
それからは、結構大変だったわ。アシェルが女の子達に纏いつかれるのを蹴散らすのもそうだけど、私自身も男の子達に纏いつかれていたんだもの。プレゼントを、要らないってその都度断るのに何度も渡されて。しまいには「受け取ってくれたから婚約してくれるよね?」なんて気持ちの悪いことをいう人も出てきた。頭おかしいんじゃないかしら。はっきりと断ってやったわよ、二度と眼前に現れるなってお伝えして。
アシェルには「プレゼント受け取り禁止。あと、好きな子できても相手が許容するまではプレゼント禁止」って教えといてあげたわ。知らない相手からの重たいプレゼントより怖いものはないから。
そんな私も十歳の時に婚約者が決まったの。キュマリー侯爵家の次男、ナウロ様だった。
正直、その時点で私は自分が美しい事は知っていたし、男性が自分を見た途端にだらしなく鼻の下を伸ばすのを何度も見ていたから、ああきっと婚約者もあんな感じになるのかしらと最初から少し憂鬱だったの。
けれど。
「初めまして。ナウロ・キュマリーと申します。以後よろしくね」
初めて会った時に、ナウロ様は私を見て小さく微笑んだだけだったわ。不思議な人だった。何時も微笑んでいるように細められている目の色は、淡い金色。小麦色の髪は長く、背中で一つに束ねていて柔らかそうだった。動作も洗練されているけれど、とてもゆっくりで品がある。同じ侯爵家でも違うのね、と隣に住む少女の事を私は思い出してそっと息をついた。
私のナウロに対する最初の印象は、「大人しそうな人」というものだったわ。だけど、何度も会う度にその印象はどんどん変化していったけれど。
ナウロはその落ち着いた雰囲気の外見に反し、よく笑う人だった。
幼き日の、リエナの武勇伝(蜘蛛を見て震えて腰を抜かしてしまったアシェルを救い出した話や、声をかけ触ろうとしてきた男性の頭が鬘だと言うことを見抜いて大声で言ってやった話など色々)を聞かせた時も声を立てて笑っていた。
彼は聞き上手であり、私の話を楽しそうに、そして興味深そうにずっと聞いてくれる人だったの。
ある時いつものように向かい合い、お茶を飲みながら話をしていた時。ふと、笑を零していたナウロがじっとこちらを見つめていたの。気がついた私が首を傾げたら。
「リエナ様は、他者に対しての愛情が深いんですね」
「そうかしら?まあでも、家族は愛しているわ」
「…頼れていますか?」
「…え?」
「貴女は美しくて賢い。時期男爵としての度量も大きいと思う。けれど貴女が教えてくれるお話は、貴女が誰かを救ったり諌めたりしてばかりだから。」
「…」
「自分の心の内を明かせる相手は、いますか?」
「…心の内」
彼の言葉に動揺したわ。小さな頃、アシェルばかりが護ってもらえる事を羨ましく思いながら、でも私は『後継』だから。
心の内を明かす?…どうやって?
「…そんな必要、ないわ。弱みを見せても良いことなんて無いでしょう?貴方も高位貴族であるなら分かっているはずよ」
「弱み、かあ。」
ナウロはふわっと笑うと。
「私は貴女に頼られたいですけどね」
と言った。
「頼られたい?」
「ええ。結婚をするのですから、慰めたり元気づけたりする役目は私がしたいのです。」
「慰める?」
「あとは護りたいですね」
「…護る?私を?」
「はい。夫婦とはそういうものだと認識しているので。…おかしな事を言っていますか?」
私が黙ってしまったので、困ったようにな顔でナウロは笑った。でも声が出せなかったの。一言でも喋ったら泣き出してしまいそうだったから。
これは政略結婚よ。愛情を示されるなんて思いもしなかったから、きっと感情が揺れてしまったのね。
でも、私は泣かなかったわ。ナウロの為に泣くことがあるとすれば、その時は、いつかちゃんと心から結ばれる日だと決めているのよ。こう見えてロマンティックでしょう?
その後、アシェルは飼っていた鴉の色に似た女の子に一目惚れするし、学園ではイザベラが変な会を発足して弟に近づくのを諦めないし、色々あったけどね。
ま、私は元気よ。これからも色々あるだろうけど、楽しく過ごすわ。
【終わり】
1,420
お気に入りに追加
1,018
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
あなたにおすすめの小説

旦那様、離縁の申し出承りますわ
ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」
大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。
領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。
旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。
その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。
離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに!
*女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
楽しく拝見させていただきました(^ ^)
私的に前半の所業でどっちの男も無理だと思いましたが…
アリエットお幸せに〜〜
読んでくださってありがとうございました!( . .)"🍀.*
私もです〜笑
歪んだ彼を受け入れてくれたアリエットの広い心に感謝しかありません…!🙏
クズと別れたと思ったら次の男がコミュ障クズで横転
読んでくださってありがとうございます!
確かに真っ直ぐ自分を表せないコミュ障ですね笑
まっすぐ爽やかな男の人って書くの難しいなっていつも思ってます(どこかしら歪む)。
いつか描いてみたいですねえ、真っ直ぐヒーロー…!✨️
ディオルがなぜ「アリエットは僕が好き」と思い込んでいたのかと併せて、その後のことを知りたい。
読んでくださってありがとうございます!
ディオルは、アリエットと子どもの頃に出会った頃より婚約者として過ごしてきました。
婚約者になった彼らは、月に1回の顔合わせやお茶会などで過ごし、アリエット的には特に心惹かれる瞬間や甘やかな感情があった訳では無いので、ディオルに対し兄弟だなあという感覚で接していたのですが、ディオルは自分の方から何かアクションを起こさなくても、最終的には面倒を見てくれるアリエット(アリエットの方が色々と出来が良い)は、なんだかんだ言いながら自分のことが好きだから色々してくれるんだ、という勘違いをしておりました。(単純)
婚約解消の話も、他に好きな人が出来たというのは本当でしたが、彼にしてみたら気を引く為の小道具、そして少し優越感のあったただの冗談であり、家同士の決まり事なので、あの場で話したところで真逆本当に解消されるなどとは思っておらず。
結果的には解消となり、その後は双子に守られたアリエットに全く近づけなくなりました。今はディオルの父親にチクチク言われながら、別の婚約者を探して奔走している最中です。