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鴉と初恋【アシェル・ランドーソン】
しおりを挟む夜の帳が降りたような、艶やかな烏の羽根のような髪と、星の輝く夜を閉じ込めたように煌めく瞳。
初めて見た時に、一瞬で心と目を奪われた。
アリエット・ティンバーランド。それが彼女の名前だった。
「キッピー…」
「キッピー?あなたが昔飼っていた鴉のこと?」
僕の呟きに双子の姉が訝しげにこちらを振り返った。そして、僕の視線の先を辿り、同じクラスの中で彼女の事を見つけたリエナはふん、と鼻で笑った。
「貴方のキッピーの方が綺麗だったわよ。やめときなさい、どうせ皆同じよ」
「…」
リエナの言葉に、僕は返事をしなかった。
昔、野生の鴉の雛を拾って育てていたことがある。双子の姉のリエナと比べ、僕は子どもの頃から人見知りで口数も少なかった。そんな幼少期の唯一の友達だったキッピー。
彼女はとても頭が良くて綺麗好きで、僕の言っていることを全て理解しているかのように、話しかけるといつも小首を傾げながらこちらを見ていた。
けれどその子は、とある日に隣の侯爵家の同い年の女の子が飼っていた大型の鷹に襲われて、その後に怪我が原因で死んでしまった。
僕にとってその事件はあまりにも衝撃的で悲しくて、それからは動物を飼っていない。そもそも、その鷹だってその令嬢が僕に会おうとして連れてきたものらしい。お近付きになりたかったのだと泣き喚かれて、僕はその子が恐ろして後ずさったことを覚えている。
曾祖母様が王女様で、その血を引く僕達の見た目はとても美しいらしい。家族や家臣達に問題はなかったけれど、一歩家の外へと踏み出すと誘拐されかけたり女の子や大人に抱きつかれたり追い掛けられたり、色んな目にあった。
彼らの中には僕が怖がったり嫌な顔をしたりすると、一定数喜ぶ人間がいたんだ。僕はそれが気持ち悪くて堪らなかった。
リエナは僕よりも曾祖母様の性格を濃く継いでいるのか、いつも毅然として。時には高笑いしながらその人達を蹴散らしていたが、僕にはそれが出来なかった。
怖い、気色悪い、関わりたくないという感情を殺し、どんどん僕は無表情になっていった。王子やその他の幼馴染の男達は、僕のそういった経緯を知っていて、その上で無感情を装わずを得ない僕を受け入れてくれていた。
そして、学園に入ってから出会ったキッピーと同じ色の少女。僕はいつの間にか、彼女をずっと目で追うようになっていた。
入学してから一ヶ月後に、成績優秀者として生徒会に所属したらその子もいた。吃驚した。驚きすぎて固まっていたら、幼馴染のレオン・ジレイア公爵子息が彼女の事を「ティンバーランドの後継だ」と言っていた。だからなのか。Aクラスでは一番賢いんだって、ブライアン第二王子殿下が教えてくれた。
経費を計算中の彼女の横顔をそっと覗いた。
長く黒い睫毛が、目の下へ影を作り白い頬は桃のように色付いていて。睫毛の隙間から覗く、黒曜石のように煌めく瞳がやっぱり綺麗で。
僕は思わずじっと彼女を見つめてしまった。視線を感じたのか、彼女がこちらへと顔を向ける前にパッと目を逸らしたけれど、気付かれたかもしれないと思うとハラハラしたが、本人から何も言われることは無かった。
けれど、アシェルの様子がおかしい事に気がついたのは、周りの人々だった。
リエナはアシェルをいつも護っていてくれていた為か、直ぐにアリエットを目の敵にしたし、生徒会の面々は、アシェルが女性に対して興味を持ったことに関心を示して、彼の行動を一挙手一投足、確認をしてくる。
「リエナ、彼女に絡むのはやめてよ。」
「嫌よ。」
「どうして?僕はティンバーランド嬢に何もされていないよ」
「…知ってるわよ。でも気に入らないの」
ふん、と顔を背けるリエナに僕は困ってしまった。姉が話しかけている間にアリエットを見つめることが出来るのは嬉しかったし、リエナの毒舌にも負けないくらい凛とした彼女の事を僕はますます好きになっていったけど。
そんな折、父からティンバーランド伯爵と友人だったという話を聞いた。そんな事があるんだね。僕は彼女との共通点がまた一つ増えて嬉しかった。
そんな時、アリエットが婚約解消をしたと偶然耳にした。教室まで向かう道程で、彼女がその元婚約者と揉めていた内容が偶然聞こえてしまったから。婚約者がいると分かっていて、叶う恋ではないと知っていて。それでも彼女を好きで諦められないでいた僕は驚きと戸惑いと、そして焦りを覚えた。
だって、レオンが言っていた。
「ティンバーランド嬢に相手がいなけりゃ立候補出来たんだけどなあ」と。
ブライアン陛下も言っていた。
「彼女、優秀すぎるなあ。王宮で仕事をするつもりはないかなあ」と。
だから、僕は焦って(すっかり彼らにはもう婚約者が居ることも忘れて)アリエットを夜会に誘った。戸惑う彼女の瞳はやっぱりキラキラしていて綺麗で、ずっと見ていたい程だった。夜会はリエナと一緒の出席ではないのか?と聞かれて、本当はそうだったんだけど、その瞬間にリエナには婚約者と一緒に出てもらう事を頭の中で勝手に決めて、強引にお願いをした。
ティンバーランド家へ手紙を書き、伯爵からも了承を得た。リエナは呆れたようにこっちを見ていたけれど、「別に良いわ。彼女は悪い人ではなさそうだし」と言って許してくれた。
それでつい、焦っていた気持ちと安堵の気持ちが合わさって安心して気が緩んだのか装飾品を贈ってしまって。リエナにもお母様にも「常識がない」「有り得ない」と怒られてしまった。
身内にもそれだけ言われて、きっと着けて貰えないだろうなあと思っていたのに夜会当日にそれを身に付けてくれた美しいアリエットに感激して身体が震えてしまった。
しかも、「お返しです」とアリエットは神秘的なカフスを僕に贈ってくれたものだから、思わず、嬉しくて泣いてしまった。
プレゼントを得られたからじゃなくて、アリエットが自分色の贈り物をしてくれた事で、得られないと思っていたアリエットの心の一部に触れられた気がして、本当に嬉しかったんだ。
夜会の後くらいから、アリエットは僕に色んな顔を見せるようになった。
何時もの、真面目な顔。
甘いものを食べている時の嬉しそうな顔。
本を選んでいる時の真剣な顔。
僕の言葉を聞いてくれている時の、柔らかな笑顔。
他の女の子に絡まれている時に、どこか面白くなさそうな顔。
「ただこちらを馬鹿にしたように見る人という認識でしかなかったんです。」という彼女の痛烈な言葉に、自業自得とリエナにも言われてどん底まで落ち込んだこともあったけれど、僕に向き合って僕を知ろうとしてくれるアリエット。
二度、恋に落ちた事を彼女に、いつか打ち明けられたらいいと思う。頑張る。
【終わり】
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