上 下
10 / 23

贈り物

しおりを挟む




 父が喜び勇んで快諾の手紙を出した後、アシェル・ランドーソン男爵名義にて荷物が届けられたのはその二日後だった。

 それはアリエット宛だったので、家令よりそのまま少女付きの侍女へと手渡され、そして今現在アリエットの部屋のローテーブルの上へと置かれている。
 その前で、少女は腕組みをしてその物体を顰め面で見つめていた。



(うーん、どうしよう)




 第一に、夜会のパートナーは引き受けたが、アシェルに何かを贈ってもらうような仲では無い。
 第二に、アシェルという人物が何の意図でこの目の前の物体を送ってきたのか全く読めない。
 第三に、怖い。何が入っているのだ、これ。想像が出来ないから恐怖を感じるんだけど。




「…悩んでいても仕方ないわね」




 苦虫を噛み潰したような顔で呟きながら、アリエットは箱に手を伸ばした。一応、家令が中身を確認していてその上で少女の元へと到達しているのだから、危険なものでは無いはずだ。多分。恐らく。…うん。


 白い光沢のある箱の上蓋をそっと持ち上げると、一番最初に見えたのは光沢のあるペーパークッションに包まれた四角い何かと、水色の封筒エンベロープだった。

 封筒をひっくり返すと、男爵家の家紋の入った封蝋が押してある。威厳を表わす白百合と、薬草を表わす蔦で構成されている。
 封筒を手に取り光に透かしてみても何も見えるわけも無かったので、アリエットはペーパーナイフでそっと封を切った。
 中に入っていたのは、白線で描かれた優美な蔦模様で囲われたメッセージカード。





『アリエット・ティンバーランド様


 この度は私の不躾な誘いに、快くパートナーを引き受けてくだりありがとうございます。
 ささやかな物ですが、当日是非身につけて頂ければ、心より嬉しく思います。

 夜会の日を楽しみにしております。


       アシェル・ランドーソン』






「…流麗な文字だわ。」



 それが一番最初の感想だった。
 そういえば、生徒会の仕事をしている時に彼の書いた数字を見たことがあったが、その時も見た目通りの文字だなと感心した事を思い出した。
 次にもう一度文字に目を通して、意味を考える。快く引き受けた記憶はないんだけど、恐らく父がのだろう。娘はとても喜んでいますとか何とか言って。



「ささやかな、物」


 
 ささやか、という言葉を頭の中で呟きながら、アリエットは手に持っていたカードを一度机の上に置くと、箱の中の紙をぺらりと捲った。
 そこにあったのはもう一つの重厚な箱だった。箱の中に箱?と思いながらも、手前に着いている留め金を恐る恐る外して木の上蓋をさらに開けた。

 カタンと音がして開いた箱の中、白いベルベットの台座に、美しく煌めく銀細工の髪飾りと同じく銀細工のピアス、ネックレスが埋め込まれるように美しく配置されている。

 それぞれ、大小の大きさをした空色を映した氷のような宝石と深く青いセルリアンブルーの宝石がバランス良く配置されていて。
 アリエットはそのキラキラと輝く物体を凝視した後、そのまま蓋を閉じ紙を元通りの位置に戻した。




「…ささやか?」




 ささやかってなんだっけ?



 ランドーソンは男爵家。男爵家ではあるが、薬学や研究などの形ある実績で王家の寵を欲しいままにしていることは知っている。
 それに伴い、莫大な金額の予算が組まれ、それを元手に更に研究に邁進し資金を得たかの領地が潤っている事も勿論アリエットは知っている。
 寧ろ学園の歴史の授業で習う。それくらいには我国の有名人である。同世代の女の子達は一度は夢見るのだ。いいな、ランドーソン家のような由緒もお金もあるお家に嫁ぎたいなと。(アリエットは婚約者がいたので思ったことは無かったけれど)
 話がズレてしまったけれど。




「…待って。」



 
 もしかして見間違いだったのかもしれないと、アリエットは思った。そして、もう一度パッと蓋を開けてみる。

 しかし何度覗き込んでも、そこに装飾品は煌びやかに柔らかく輝きながら存在していた。

 セルリアンブルーの宝石は実物は遠くからしか見た事はないが、恐らくブルーダイヤモンドだろう。王女様の成人の式典で、王冠に着いているものと同じ輝きをしている。
 そしてその色よりも薄く透き通る宝石はブルートパーズ、もしくはパライバトルマリン。
 アリエットの頭に思い浮かんでいるそれらの宝石は全てがかなり高価な物だ。プラチナを使った繊細な細工なんて。王都の一等地を余裕で買えるんじゃないかしら。そんな事を考え始めてしまうとダラダラと冷や汗が身体中から吹き出してきた。
 他人から贈り物を貰ってこんなに肝が冷える気持ちになったことはなかった。むしろ初めてのことだ。

 パートナーに与える物としては破格過ぎるから、もしかしたら全てイミテーションかも。そうであって欲しい。もしかして、これも嫌がらせの一環?そうなの?

 …ああ、全然分からない。

 アリエットは暫くうろうろと室内を歩き回った後立ち止まり、もう一度贈り物を振り返った。
 




「ダメだわ、これ。こんなもの、貰えるわけない。本人に聞かなきゃ。」
 
 
 






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

旦那様は私に隠れて他の人と子供を育てていました

榎夜
恋愛
旦那様が怪しいんです。 私と旦那様は結婚して4年目になります。 可愛い2人の子供にも恵まれて、幸せな日々送っていました。 でも旦那様は.........

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

あなたはその人が好きなんですね。なら離婚しましょうか。

水垣するめ
恋愛
お互い望まぬ政略結婚だった。 主人公エミリアは貴族の義務として割り切っていた。 しかし、アルバート王にはすでに想いを寄せる女性がいた。 そしてアルバートはエミリアを虐げ始めた。 無実のエミリアを虐げることを、周りの貴族はどう捉えるかは考えずに。 気づいた時にはもう手遅れだった。 アルバートは王の座から退かざるを得なくなり──。

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

処理中です...