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予想外の出来事

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「え、」


 突然自分の真後ろに現れたアシェルにアリエットは驚きの余り魚のようにぱくぱくと口を動かした。
 少女を驚かせた相手は、涼しい顔をして何時ものように無表情でこちらを見下ろしている。銀髪の下の澄んだ湖のような水色の瞳はとても美しかったが、心を落ち着けてみると何だかこちらを小馬鹿にしているように感じられる身長差が小憎たらしい。



(うわ、綺麗な顔をしてるからかしら。なんか余計に腹が立つわね…)



「どうかされましたか?」

「…いえ?おはようございます」

「おはようございます」



(どうかされましたか、じゃないんですけど?親しくない女性のすぐ後ろに立つなんて、どうかしてるわよ?)




 リエナにディオルを引き取って(?)貰えて先程はラッキーだったが、何故彼女の後ろにいつもひっつき虫のように存在しているアシェルがアリエットに着いてきているのか。
 少し気にはなったが、でも気にしないのが一番と思い、アリエットは冷静に自席に着席し授業の準備を始めたのだけれど。



「…?」



 アリエットの席の真横に立ったまま、アシェルが動かないことに気がつき、少女は怪訝な顔をして彼を振り仰いだ。すると、こちらを見下ろしたままのアシェルと目が合った。
 何を考えているのか分からない無表情のままで見つめられると怖い上に不気味である。けれど、アリエットと目が合っても彼が全然動こうとしないため、少女は仕方なく声を掛けた。



「…あの、何か…?」

「…次のライトリィン公爵家での夜会に参加されますか?」

「え?」



 突然、何を聞こうというのか?
 アシェルの言葉にアリエットは目を丸くするが、そういえば最近招待状が来たなと頭の隅の方で思い出して頷きそうになった。
 しかし、寸でのところで思いとどまって不信感が顕になった目で青年を見上げる。するとその視線に気がついたのだろう、ラルフは少し視線を逸らして呟くように言った。



「…私も参加するのです」

「…そうなのですか」



 男爵地位の者は本来、公爵や侯爵の主催する夜会などの高位貴族の催しには呼ばれることは無いはずだ。だが、ランドーソン男爵家は違う。

 彼らは陞爵を拒んだが故に男爵家となっているだけで、その博識さによる国への貢献実績と、王家より降嫁した歴史もあるその確かな血統は、事実アリエットの生まれた伯爵家よりもかなり高貴と言える。だから、参加する事にはアリエット含め他の貴族も特になんの疑問も持たないだろう。

 何故そんなことを聞いてくるのか、という以外は特に問題は無いのだけれど。聞いていないのに答えを言われてしまっては、こちらも答えなくてはいけない。




「…私も参加予定です。」

「パートナーになって貰えませんか?」

「は?」



 自分の言葉に被せ気味に聞こえたアシェルの言葉に、アリエットは取り繕うことも出来ず思いっきり素で答えてしまった。だけどそんな事よりも、相手の意図が分からなさすぎる。怖い。
 それに、アリエットと彼の話を聞こえていたのか周りにいる生徒が小さな悲鳴のようなものをあげたのが聞こえてきて、アリエットは変な汗をかき始めていた。





「何故ですか?」

「私では駄目でしょうか?」

「いえ、駄目というか」

(いや疑問に疑問で返してこないでよ…!)



 何時もこちらを冷淡な目で見てくるアシェルに、どうしてパートナーとして誘われているのか。心做しか、水色の瞳に熱が籠っているようにも見えるのだけど。




(なんで?)


「…リエナ様とご一緒に行かれるのではないのですか?」

「いえ、今回は妹は別の方と行くので」

「はあ、そうですか…。それで、何故私なのでしょうか?」

「最近、婚約解消をされたのでしょう?」

「は?」

「パートナーがいらっしゃらないのでは?」

「……」




(え?何?もしかしてさっきのディオルとの会話を聞かれてたの?そして私は今もしかして出来たてほやほや新鮮な嫌味を言われてる?)



 廊下であんな話をしていたアリエット達(いや違う、どう考えてもディオルだけが)悪いけれど、それをこんな形で利用するなんて。なんて男なの、とアリエットは信じられないものを見るような目でアシェルを見ていたのだが、ふと別の疑問点が浮かんだ。




(揶揄うのに、何故パートナーに誘うの?)


 変だわ。
 いやでも有り得なくない。





「…婚約者が居なくなったと聞いたので、もう遠慮する必要は無いかと思いまして。」

「え?」
(遠慮って何?)

「私のパートナーになってくれませんか?」

「…この場ですぐお返事をすることは出来かねますわ。父が探してくれておりますので父に聞いてみないと…」



 アリエットがとりあえず場を誤魔化そうとしたその言葉に、アシェルはパッと表情を明るくした。とは言っても、いつもの無表情が若干色付いた程度のことだったけれど。



「分かりました。ではティンバーランド伯爵宛に手紙を書きますので。」

「え?!」

「それでは。」




 言いたい事を言い切ったのか、若干爽やかな無表情で自分の席へと去っていくアシェルの後ろ姿を呆然と見送ったアリエットは、最後まで彼の意図が分からずに、近くにいた生徒と同様、困惑したままだった。









 

 
 
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