4 / 23
お母様が一番怖い
しおりを挟む「…いやこれ…ツンデレ、ってこんな感じなの?」
読んでいた小説から顔を上げたアリエットは、死んだ魚のような目をしてぽつりと呟いた。
あれからメーベリナの言っていたことが気になった少女は、早速街に繰り出すと書店へと向かい、最近市民の間で人気になっている小説を数冊手に入れてきた。
三冊読むと、傾向が見えてきた。
普段は友人や同僚以外には冷たく寡黙、あるいは女性に興味が無い男性が、主人公である女性と知り合い、その過程のあんな事やこんな事で少しずつ心を開いていく際に、時折見せる甘い側面を『デレ』と言い、その元の性質のクールな様を『ツン』と言っている、ようだ。
言ってはいるようだが。
「ツン、は分かるとして、彼らの何処にデレの要素があるのかしら…?」
メーベリナはランドーソン男爵家はツンデレ、と言っていたが、アシェルもリエナもツンの要素はあるがデレはない、とアリエットは思った。
むしろ、ツンとイヤミの混合なのでは?
ツンイヤ?でもそれ全然萌えないし可愛くない。
「でも今はこういう小説が流行ってるのねえ。」
パラパラと残りの頁を捲り、読み終わっている所へと栞を挟んで本をそっと閉じた。
三冊とも、ツンデレと呼ばれる要素のある人々が登場していた。主役であったり、準主役であったり、時には重要な役割はあるけれど脇役だったり。物語のスパイスとしてどうやら登場してきているらしい。
お話としては面白い。けれど同じような展開ばかりで直ぐにこの先がどうなるのか読めてしまい、三冊目は途中で飽きて読むのをやめてしまった。
「ディオルは当てはまらないわね。」
ふと呟いてみて、アリエットはふっと冷めたような笑みを浮かべた。ツンデレ以前にそこまで相手の事を知る程仲良くなかったわ、と考え直したからだ。全く、どこまでもお互いに興味の無い関係だった。
椅子から立ち上がり、自室から出て階下へと降りながら、婚約解消を伝えた時の父親の様子をアリエットは思い浮かべていた。
自宅に帰り、直ぐにディオルに言われた事を何も隠さずに伝えた時、ティンバーランド伯爵家当主(父)は、こめかみに青筋を立てて怒り狂っていた。思っていた通りの父の姿にアリエットは溜息が込み上げそうになるが、ぐっと堪えた。
父の隣に座る母も、笑顔のままで凍てつくような空気を醸し出しているのが見えていたからだ。
「そうか、あの若造はそう言ったか。」
「ええ。」
「まあまあ、生意気な事ね。たかがマニール家の次男坊の癖に。そんな男との婚約解消は願ったり叶ったりね。伯爵様にお礼を言わなくてはなりませんわ、貴方。」
「あ、ああ、そ、そうだな…。」
「はっきり言ってやってくださいね…。分かったなら返事は?」
「は、はい」
「……。」
(怖いわ…。お父様よりもお母様の方が確実に数段上で怖いわ…。)
目の前では父親の顔色が、どんどん悪くなっていくのが見える。
元々は父親同士が酒の席で盛り上がり、結んだ縁なので今頃その事を頭の隅で思い出しているのだろう、とアリエットは心の中で二回目の溜息をついた。父から、そんな巫山戯た婚約話を聞いた当時の母は同じような冷えた笑みを浮かべていたような気がする。
母はかすみ草のような親しみのある可愛らしい外見の人で、性格も朗らかで優しいが、怒ると口が非常に悪くなる。(アリエットの心の中の罵りは母の言葉遣いの影響が大きい)だから、まだ言葉遣いはそんなに悪くないのでめちゃくちゃキレている訳ではないようなのだが。
隣の領地、同じくらいの地位であっても母親同士はそういえば反りが昔から合っていなかったな、とふと思い至る事が過去何度かあった。
ディオルの母は見た目が薔薇の花のように美しく華やかで、性格も我が強いタイプだった。性格は父親に似たディオルは、アリエットにとっては、自分の外見をとても気にしていて直ぐにくよくよする男らしくないタイプだったが、もちろん彼の母親にとっては一番大事な息子である。
子どもの頃、母達とディオルと四人でお茶会をしていた時に、彼の母親に言われたことがあるのだ。
「貴女みたいな地味な子を娶ることになるディオちゃんが可哀想」
と。
普段はディオちゃんって呼ばれてんのかこいつ、とアリエットはその時思った。
それを聞いた母は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔でディオルの母を見ていた。「何言ってんだこいつ。政略なんだから地味もクソもないだろ」とその目が言っていた。(実際にその後、家に帰る馬車の中でブツブツ言っていた)
その頃から、母はディオルとの結婚に対して、父にちょこちょこ「やめた方が良いのじゃないかしら?」「アリーの幸せって何かしら?」「貴方、友達に甘いんじゃありません?」と言葉で刺していたのは知っている。
楽観的な父が「アリーなら大丈夫だろう」と言って家族の賛成もないまま結ばれた婚約は、こうして解消の手続きをする事になった。遅くても十日ほどで全てが完了するだろう。
十年近く結んでいたのに、なんとも呆気ないものである。
326
お気に入りに追加
458
あなたにおすすめの小説
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
諦めた令嬢と悩んでばかりの元婚約者
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
愛しい恋人ができた僕は、婚約者アリシアに一方的な婚約破棄を申し出る。
どんな態度をとられても仕方がないと覚悟していた。
だが、アリシアの態度は僕の想像もしていなかったものだった。
短編。全6話。
※女性たちの心情描写はありません。
彼女たちはどう考えてこういう行動をしたんだろう?
と、考えていただくようなお話になっております。
※本作は、私の頭のストレッチ作品第一弾のため感想欄は開けておりません。
(投稿中は。最終話投稿後に開けることを考えております)
※1/14 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
冤罪をかけて申し訳ないって……謝罪で済む問題だと思ってます?
水垣するめ
恋愛
それは何の変哲もない日だった。
学園に登校した私は、朝一番、教室で待ち構えていた婚約者であるデイビット・ハミルトン王子に開口一番罵声を浴びせられた。
「シエスタ・フォード! この性悪女め! よくもノコノコと登校してきたな!」
「え……?」
いきなり罵声を浴びせられたシエスタは困惑する。
「な、何をおっしゃっているのですか……? 私が何かしましたか?」
尋常ではない様子のデイビットにシエスタは恐る恐る質問するが、それが逆にデイビットの逆鱗に触れたようで、罵声はより苛烈になった。
「とぼけるなこの犯罪者! お前はイザベルを虐めていただろう!」
デイビットは身に覚えのない冤罪をシエスタへとかける。
「虐め……!? 私はそんなことしていません!」
「ではイザベルを見てもそんなことが言えるか!」
おずおずと前に出てきたイザベルの様子を見て、シエスタはギョッとした。
イザベルには顔に大きなあざがあったからだ。
誰かに殴られたかのような大きな青いあざが目にある。
イザベルはデイビットの側に小走りで駆け寄り、イザベルを指差した。
「この人です! 昨日私を殴ってきたのはこの人です!」
冤罪だった。
しかしシエスタの訴えは聞き届けてもらえない。
シエスタは理解した。
イザベルに冤罪を着せられたのだと……。
私をもう愛していないなら。
水垣するめ
恋愛
その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。
空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。
私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。
街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。
見知った女性と一緒に。
私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。
「え?」
思わず私は声をあげた。
なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。
二人に接点は無いはずだ。
会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。
それが、何故?
ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。
結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。
私の胸の内に不安が湧いてくる。
(駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)
その瞬間。
二人は手を繋いで。
キスをした。
「──」
言葉にならない声が漏れた。
胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。
──アイクは浮気していた。
あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
旦那様は私に隠れて他の人と子供を育てていました
榎夜
恋愛
旦那様が怪しいんです。
私と旦那様は結婚して4年目になります。
可愛い2人の子供にも恵まれて、幸せな日々送っていました。
でも旦那様は.........
いいですよ、離婚しましょう。だって、あなたはその女性が好きなのでしょう?
水垣するめ
恋愛
アリシアとロバートが結婚したのは一年前。
貴族にありがちな親と親との政略結婚だった。
二人は婚約した後、何事も無く結婚して、ロバートは婿養子としてこの家に来た。
しかし結婚してから一ヶ月経った頃、「出かけてくる」と言って週に一度、朝から晩まで出かけるようになった。
アリシアはすぐに、ロバートは幼馴染のサラに会いに行っているのだと分かった。
彼が昔から幼馴染を好意を寄せていたのは分かっていたからだ。
しかし、アリシアは私以外の女性と一切関わるな、と言うつもりもなかったし、幼馴染とも関係を切れ、なんて狭量なことを言うつもりも無かった。
だから、毎週一度会うぐらいなら、それくらいは情けとして良いだろう、と思っていた。
ずっと愛していたのだからしょうがない、とも思っていた。
一日中家を空けることは無かったし、結婚している以上ある程度の節度は守っていると思っていた。
しかし、ロバートはアリシアの信頼を裏切っていた。
そしてアリシアは家からロバートを追放しようと決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる