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双子の魔女
呪いを貴方に
しおりを挟む「リア…ッ!リア!」
目の前の青年は既に境界線の此方側に居た。どんなに前に進もうとしても、森の中からは二度と出られない。憐れにも、彼は気が狂ったように誰かの名を呼んでいた。可哀想な王子様。クローディアは小さな声でそう呟いたけれど、その声にはちっとも哀れみの音は含まれておらず、寧ろ何処か楽しげだった。悠久の時は、やはり人を何処か狂気に落としてしまうようだ、とシローネは思った。自分も似たようなものだけれど。
元々、彼は死んでしまう直前だったようだ。王子様は、やって来て直ぐに動けなくなった。やがて大樹の幹に寄りかかり、浅く息を繰り返しているのを見て、クローディアは漸く彼に声をかけた。
「御機嫌よう、王子様。此処は貴方の終焉の住処よ。何か思い残したことはない?最期だから何でも叶えてあげるわよ」と。
殆ど目を閉じていたその王子は、金色の長い睫毛を震わせて、据えた目で此方を見た。最期、と言ったのが気に食わなかったのだろうか。それとも終焉の住処?クローディアがそんな事を考えていると、青年は掠れた、しかしはっきりと聞き取れる声でこう言った。
「もし、生まれ変わるなら、彼女の、マリーアンヌの、魂が、愛される事を、願う」と。
あまりにも、予想外の願い事だった。地位は?名誉は?自分の命乞いは?何も与えないつもりであったし、今まで彼の祖先が刈り取った多くの命の代わりに王子の命をこのまま奪うつもりだった。他人の幸せを願う?そんな只人の様な願いを持っているなんて、これは本当に王子なのか、と一瞬不安が心に過った。
「…本当にそう願うの?」
「……」
「本当にそれでいいの?」
返事は無かった。最期の気力を振り絞った願い事が、それ?何それ。
「…もう返事もできないかしら?
それにしても、最期だから特別に聞いてあげようとしているのにつまらない願いね。」
こんな願いごとのために、六百年近くこんな所に居た訳では無い。苛立ちがクローディアの心に満ちてゆく。それはシローネも同じだったようだ。冷たい目で微笑みを浮かべ、彼を見下ろしたシローネは柔らかい声で言った。
「…その願いだけでは確かにつまらないわね。
もしも来世があるならその娘が愛される事を願うだなんて。」
「本当にガッカリだわ。」
「ああ、ちなみにあるわよ来世。貴方の場合は、今から私達が呪をかけるから永遠に続いてしまうかも?でも、そんな綺麗な願い事はちょっとね。」
「ねえ。つまらないわ。」
「願いの副作用の方を工夫するしかないわね。」
「まあ、素敵!そうしましょう!」
クローディアはその提案に心が浮き足立った。シローネが言葉にするなら、それは本当にそうなるだろう。
「来世、その娘は必ず愛されるわ。そして生涯幸せに生きる。但し、貴方と出逢わなければ。どうかしら?」
「いいわね。もう一つどう?二人が出逢えば戦が起こると。」
「まあ、それもいいわ。採用よ。」
目の前の青年は動かない。開いたままの目から、ぽとり、と涙が零れ落ちた。もう息もしていないのかもしれない。けれどまだ耳は生きている筈だ。最期の最期まで、呪を聞かせようと少女達は思った。六百年の間に募った行き場のない怒りと怨みは真っ直ぐ青年へと向いた。
「もう一つ、追加しましょう。
貴方が彼女を思い出すのも駄目。思い出した途端に貴方の鼓動は止まるの。はいやり直し~って。
大丈夫、貴方が願った通り彼女は幸せになるわ。安心して。」
「そうよ。あの子は幸せに生きるわ。
貴方と出逢わなければ。
ごめんなさいね、貴方が悪い訳では無いの。でも私達もやられた分はやり返さねば今世は終わらないから。」
「怨むならどうぞご自身の祖先を怨んでね。」
伝わったのか、本当にこれで良かったのか。分からなかったけれど。
「解けた!」
シローネが嬉しそうに声を上げた。その瞬間、私達は既に森の中から弾き飛ばされたかのように、目の前には大きな海が何処までも広がっていた。
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