【完結】君との約束と呪いの果て

須木 水夏

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移り変わる人生

魔女達の戯れ

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『…本当にそう願うの?』

『……』

『本当にそれでいいの?』

『……』

『もう返事もできないかしら?
 それにしても、最期だから特別に聞いてあげようとしているのにつまらない願いね。』






 ぼんやりとの声が脳裏に蘇る。


 アレクセイの霞みゆく視界の中、目の前に立ちこちらを見下ろしていた漆黒の髪の少女はそう言って呆れたように首を傾げ、退屈そうにため息をついた。
 髪の色も目の色も、着ている服も闇よりも黒いのに、肌の色だけが異様に白く、まるで浮かび上がっているように見える。

 彼は返事をしなかったが、彼女は溜息をつきながらも尚も言葉を続けた。





「お優しい事ね、王子様。けれど知っている?優しいだけでは誰の事も救えはしないのよ?を聞くために、この時間を設けたわけではないのよ?」

「クロ。そんなこと言わずに願いを聞いてあげなさいな。」

「…まあ、貴女も優しいのね。シロ。」

「そうね。貴女よりは優しいと思うわ。」






 黒い髪の少女の向こう側から、別の少女の声が聞こえた。まだ幼く、高めな声が鬱蒼とした森の中に響いているように聞こえる。
 もう顔を動かす力もないアレクセイが、半分も開いていない目を僅か動かしてそちらを見た。
 そこに居たのは輝くような白い髪に白い目の、肌の色の黒い少女だった。黒目の全くない目でアレクセイを見ると、その少女は笑った。





「何でも良いから願いなさい、なんて貴女が言うからよ。」

「あら?王族ならもっとこう、あるじゃない。『自分だけを助けて欲しい』とか『永遠の命が欲しい』とか。そっちを想像していたのよ。」

「じゃあ、その王子様はクロが思うような王族ではなかったのね。」



 可哀想に、と小さく呟く声が続けて聞こえたが。




「でも、その願いでは確かにつまらないわね。
 もしも来世があるならだなんて。」

「本当にガッカリだわ。」

「ああ、ちなみにあるわよ来世次の命。貴方の場合は、今から私達が呪をかけるから永遠に続いてしまうかも?でも、そんなはちょっとね。」

「ねえ。つまらないわ。」

願いの副作用呪いの方を工夫するしかないわね。」

「まあ、素敵!そうしましょう!」




 クロ、と呼ばれた少女が嬉々としてその声に相槌を打った。そして、こうしましょうよ、と言う。




「来世、その娘は必ず愛されるわ。そして生涯幸せに生きる。但し、。どうかしら?」

「いいわね。もう一つどう?二人が出逢えばと。」

「まあ、それもいいわ。採用よ。」




 くすくす、と森の中に笑い声が響いた。何かを言い返す力はアレクセイにはもうとっくに無かった。言葉は尚も続けられる。




『もう一つ、追加しましょう。
 。思い出した途端に貴方の鼓動は止まるの。はいやり直し~って。
 大丈夫、貴方が願った通り彼女は幸せになるわ。安心して。』

『そうよ。あの子は幸せに生きるわ。
 貴方と出逢わなければ。
 ごめんなさいね、貴方が悪い訳では無いの。でももやられた分はやり返さねばは終わらないから。』

『怨むならどうぞご自身のを怨んでね。』




 その言葉を最後に、目の前が真っ暗になった。軽やかな、まるでお茶会を楽しんでいるかのような柔らかな少女達の笑い声だけが遠くに響いていた。





 北の魔女の森。
 随分と昔に、アレクセイの血筋の祖先が森へと追いやった、呪われた血の双子の娘。白と黒と呼ばれたその双子は怪しげな術を使い人々を惑わした、と王家に伝わる古文書には記載されていた。だからその身体に永遠に森から出られぬ呪をかけて、北の森に封印したと。


 遠のく意識の中、アレクセイは最後に見た彼女達の姿を思い浮かべた。

 その姿は、まだ年端のいかない子ども達だった。


 

 幼い子ども達を、こんな薄暗い森へと追いやり閉じ込めた、過去の王族やその周りにいた大人達の方が恐ろしい存在なのではないか。朦朧とした頭の中でそんなことを考える。
 結局、何時だって犠牲になるのは力を持たぬ弱い存在なのだ。それを分かっていながら何も出来なかった自分の不甲斐なさを、アレクセイは憎んだ。


 



(ああ、どうか。)




 それでも願ってしまった。マリーアンヌの幸せを。アレクセイと共に生きる事で、幸せだと言ってくれたあの娘の真っ直ぐな心を。
 アレクセイが守れなかった、少女の心からの笑顔を。






 全てが闇に鎖される前に、

「解けた」と。

 弾けるような笑い声が聞こえた気がした。


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