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移り変わる人生
君との出会い
しおりを挟む僕が君に会ったのは、偶然だったのか必然だったのか。
今となっては、僕には分からない。
けれどきっと、特別な意味のある出逢いだったと思うんだ。
そう思うくらいに君は大切な存在で。
会った瞬間から君に惹かれたから。
リア初めて出逢った日の事を、僕はまだ覚えている。
「マリーアンヌ・レイア・ルザドルト公爵令嬢よ。
顔を上げよ。」
王の低く厳格な声が響く謁見の間にて、まだ幼く小さな少女は跪いていた。
季節は春の頃。頭を下げたままの少女の腰まで伸びる髪の色は、艶のある焦げ茶色で、耳の横に薄紫の花の形をモチーフにした髪留めで纏めていた。
緊張した面持のままゆっくりと顔を上げて、王座に座る父上を見た後、その隣に座るアレクセイを見た時、少女は少しはにかんだような笑顔を見せた。
ドレスの色はアレクセイの髪色であるプラチナブロンドのような淡い黄色で、それが彼女の可憐さを引き立たせていた。
目が合った瞬間、時が止まったかのようにも思えた、その僅かなその時。
その時アレクセイという名前だった少年は、少女に一目惚れした。恋をしたのだ。
「ぼ、僕の名前はアレクセイだ。よ、よろしく」
「マリーアンヌ・レイア・ルザドルトと申します。どうぞマリーアンヌ、と。」
「ぼ、僕のことはアレクセイで良い。」
「はい、アレクセイ様。」
謁見の間より王家の客間へと移動した後、改めてお互いに自己紹介をした。ステンドグラスよりこぼれ落ちる春の柔らかな陽光に、彼女の紫色の大きな瞳が煌めいていて。焦げ茶色の長い髪の上にも、虹のように光が宿っている姿は、どこからどう見ても天井に存在すると教えられている天使の姿そのものだった。
視線を逸らしたいのに逸らせなくて、僕が彼女を見つめていると、彼女も僕を見た。
なんて綺麗な、澄んだ瞳なんだろう。
「…こんなに天使みたいな綺麗な子が、僕の妃になってくれるの?」
「まあ、アレクセイったら。マリーアンヌを気に入ったのね。」
僕が思わず口にしたその言葉は、直ぐ隣にいた母の耳にしっかりと届いたのだろう。そんな風にからかわれて我に返った僕が、一度母を見、そしてハッとしもう一度て目の前を見ると彼女の顔は熟れた林檎のように真っ赤に染っていた。
聞こえていたのだ、とそれで理解すると、自分の顔にも熱が昇るのを感じた。
いつもは気にしないのに、座っているソファーの肘掛の縫い目を探している風を装いながら誤魔化した。
暫くすると微かに笑う声が聞こえ、そっと彼女を盗み見る様に見ると、微笑んでこちらを見ていた。その可愛らしい顔は、やはり僕の目を釘付けにしてまた直ぐにギクシャクした空気になってしまったけれど。
それから、ずっと一緒に過ごしてきた。
初めて、城の中を案内した日。マリーアンヌは恥ずかしそうにしながらも、背筋をピンと伸ばして僕の隣を歩いていた。
王室の庭園で、初めてピクニックをした日。マリーアンヌは並べられた食事に大きな目をますます大きくさせていた。
「どのようにして食べるのですか?」
「初めてなの?手で持つんだよ」
「手?!じ、直にでございますか?」
そうだよ、と笑って僕が手に持ったサンドウィッチをそのまま食べてみせると、呆然としていたけれど、恐る恐る口に運んで食べて、そして瞳をキラキラと輝かせていた。
感謝祭で最初は離れていたけれど、いつの間にか並んで座っていた日。淡い黄色のドレスに身を包んだ君はとても可愛らしくて照れていたらマリーアンヌが、
「私色ですね」
と、僕のリボンタイをそっと指さして。僕も「…僕色だね」と君のドレスを見ると、長い睫毛を伏せて恥ずかしそうに笑った。
お城の中で、追いかけっこをした日。あの日の僕は、宿題が終わらなくて歴史家の先生に怒られて落ち込んでた。
嫌になって最初に逃げ出したのは僕。そんな僕を捕まえたのがマリーアンヌだ。彼女は重いドレスを着ていたのに、足が早かった。
「…走っちゃ、いけないんじゃなかったっけ?」
「はぁっ、はぁっ。そ、そうですよ。しゅ、淑女は走ってはいけません。」
「…走ったじゃないか。」
「…今日、は、特別です。だ、だって、アレクセイ様も走っておられましたもの…!」
後で二人とも礼儀作法の先生に怒られたけど、二人きりになった後に笑い転げた。
初めて、喧嘩をした日。とてもくだらない事で、僕が文句を言ったことが気に障ったらしい。
「そんな事を言うなら、もうアレクセイ様の事なんか知りませんっ!」
「…僕だって!」
ぷいっと顔を背ける彼女に、僕もムッとして同じように顔を背けたけれど。
その後喧嘩は一日も続かなくて、次の日に会った時に二人で向き合って謝罪大会を行った。喧嘩の理由は何だったのだろう。今では思い出せないから、きっと相当にくだらない事だったのだと思う。
初めて、マリーアンヌを『リア』と呼んだ日。
学園に通い始めて、彼女がますます美しくなっていく中で、王太子である僕の婚約者だと皆が知っている筈なのに、彼女に声を掛ける男子学生が居たから。
「リア。」
「…、は、はい。アレクセイ様」
「一緒に帰ろう。」
「はい…!」
リア。僕だけがマリーアンヌをそう呼ぶ。周りへの牽制のつもりから始まって、いつしか定着した呼び方になったけれど、彼女は心から嬉しそうに、幸せそうに笑ってくれた。
僕はやがて王となり、彼女を妃に迎えてこの国を守り保ってゆく。そうなるはずだったんだ。
この世界が、ずっと続くと、そう思っていた。
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