【完結】ストーカー辞めますね、すみませんでした。伯爵令嬢が全てを思い出した時には出番は終わっていました。

須木 水夏

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第二章

苦しい胸の内なのです

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「わたしが、デアモルテ帝国へ、ですか?」

「そう。私ももうすぐ国へ帰るだろう?だから君さえ良ければだけど、帰った後にすぐ我が国の学園への留学手続きを取り付けることができるよ。
 知り合いの学園関係者に依頼してしまえば簡単だから、早ければ来月中にでも編入学する事も出来る。」


(来月?!きゅ、急すぎやしませんか?!)



 リュシアンの急な申し出に、アリアは慌てた。慌てすぎてキョロキョロと思わず視線がさまよってしまい、リュシアンのすぐ後ろに控えていたカトレアと、パチリと目が合った。
 彼女も、まさか自分の主人がそんなことを言うなんでも思いも寄らなかったのだろう。「我が君、急に何を…」とでも言いたげな、何とも言えない微妙な顔をしていたが、アリアと目が合うと直ぐに赤い瞳を細めて優しく微笑んだ。


(綺麗なお姉様は…好きです…。)


 その笑顔にアリアは一瞬見とれた後、ハッと我に返り、少し落ち着いてリュシアンに視線を戻した。
 

「殿下、お待ちください。わたしは今までそのような事を一度も考えた事がありません。それに、そのような事は父に相談してみませんと…。」

「必要なら、伯爵への説得も私がするよ。」

「…はい?」

「君はこの国の王都ではこう言ってはなんだが…、今後もあまり良い目では見られない可能性が高い。けれど私の国であれば、まだ学園に通ったり友人を作ったり、普通の令嬢と同じように過ごせる機会も増えるだろう。。」


 リュシアンの言っていることは間違いではないので、アリアは何も言い返せない。
 王侯貴族であるアレンダラス公爵家の大規模な夜会で辱められた傷物のアリアとお近付きになりたいと思う者はタギアン国にはこの先、ほぼいないだろう。
 もし居るとすれば、まず何か別の目的があるのでは無いか、裏があるのでは無いかと疑ってかからねばならない。


「アリア。人の噂に戸は立てられないから、他国であればその心配がゼロになる訳では無いが、少なくともこの国にいるよりはかなりマシなはずだ。


 君は、もう後は領地で過ごすだけだ、もしくは誰かの後妻として生きるだけだ、と言って嘆いていたね。それ以外の道を、私であれば提案できる。それに君は、ナディア嬢と会いたくないのだろう?」

「それは…。」


(そうですけど、そうです!とはっきり言えないです…!)



 アリアは思わず頷きそうになるのを既のところで堪える。その間も何処までも柔らかに微笑むリュシアンの表情に少女は戸惑い、自らの鼓動が早くなるのを感じた。



(なぜそんな、慈しむような顔でこちらを見るのですか…。何でしょう、何かこう、くすぐったい?です?)


 顔を赤く染めたまま、また俯いてしまったアリアを見つめながら、リュシアンは、ポツリと小さな声で呟いた。


「まあ、それは建前で…私が同じ学園に通えたら嬉しいというのが本音だけど。」

「…?」


 その言葉が聞き取れず、首を傾げるアリアに、リュシアンは気まずそうな表情を浮かべた後に少しだけ笑って、首を横に振った。銀色の髪がサラサラと音を立てて揺れる。
 アリアは、リュシアンの後ろでなんとも生あたたかーい表情をしているカトレアが気になったが、その理由を聞くことも出来ず。


「申し訳ありません、リュシアン殿下。もう一度...。」


「いや、何でもない。
 ...もしも留学する事になるのであれば、私と同じ学園へとなるよ。」


(ん?)


 何か、引っかかる言葉を耳が拾って、アリアは思わずリュシアンをじっと見つめてしまう。紫水晶の瞳に映る美青年は、首を傾げたまま柔らかに微笑んでこちらを見ているけれど。


 …今、同じ学園に通うとか聞こえてきましたけど。気のせいですかね?

 気のせいだろうな、と思いながらもでは聞こえてきた言葉の意味は?と疑問符で頭の中がどんどん埋まっていくのを感じながら、アリアは尋ねた。


「同じ学園に通うとは…どういう意味でしょう?」

「? そのままの意味だが。」


(んん??)


「…殿下はこちらの学園に留学されるのではないのですか?」

「ん?いいや?」

「……留学をされる予定がない、ということですか?」

「ああ。」



 んんんん?
 え?
 じゃあどうやって主人公と出会うんですか?あれ?
 ちょっと待ってください。どういうことですか?
 アリアはまた混乱し始めた頭で必死に小説の内容を思い出そうとした。


 時期的に、今はちょうど夏の頃。

 降り注ぐ太陽の光は春先よりも少し強いが、空気はカラカラに乾いている。
 リーエル伯爵領では、北側の海より少し潮の香りのする爽やかな風が時折吹き抜け、豊かな森のある南側の山脈からも、南から吹いてきた風が山頂で一度冷やされる為、涼しい風が流れ込んでくる。
 とても気持ちの良い季節だ。基本的に夏は短く直ぐに終わってしまうので、この国の人々は夏が好きだった。


 リュシアンが留学して来たのは今の季節で間違っていない筈だ。王都の夏はこちらよりも少し暑く、夏の陽射しに反射して煌めく銀髪に、主人公がしばらく見蕩れるシーンが描かれていたから。



「殿下は、留学を、しない…。」

「私の事はリュシアンと呼んでと言っているのに…。
 そうだよ。でもどうしてそのような事を?」


 少し拗ねたようにこちらを見るリュシアンに、アリアは慌てて謝った。


「あ、も、申し訳ありません。
 あの。…りゅ、リュシアン殿下は、アレンダラス公爵子息様と仲がよろしかったので、もしかしたらご一緒の学園にて学ばれたいのかな、なぞと…」


 思いまして。



 







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