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第二章
おかしな事が起こっていますね?
しおりを挟む小説の中のアリアは、異性に免疫がなく、美しいマテオにちょっと優しくされただけで簡単に心を奪われてしまい、彼に執着して付き纏っていた。
本人にバレないように色々拾い集めたり盗んだり、話しかける訳でもなく遠くから見つめてみたり。…全て本人にバレていたのだけれど。
(あの夜の後半、もはや何をしていたのか覚えていないんですよね。)
ただ何やらマズイ状況になった事だけは覚えている。
あの庭園で、マテオ公爵令息とリュシアン王太子殿下が並んだあたりからの記憶が非常に曖昧なのだ、多大なる緊張のせいで。
それはそうだろう。
ストーカーするほど好きだった相手と隣国の王太子に囲まれて、精神を安定させたままで居られる人がいたら心から尊敬する。意識が吹っ飛ばなかっただけ褒めて欲しいくらいなのだ。
「どうせなら、夜会の前に意識を飛ばして起きたかったです…。」
前世の記憶を思い出したとしても、アリアは今世のストーカーをしていた記憶がもちろん消えてなくなるわけでもなく、恥ずかしさのあまりにありとあらゆるものから逃げ出して…結果今、ここに居るのだ。
「アリアお嬢様。おはようございます。」
「おはよう、ナージャ。」
立ち上がったと同時に扉がノックされ、乳母が部屋へと入ってきた。そして、既に着替え終わっているアリアの姿を見て途方に暮れた顔をする。
「まあ、お嬢様。またご自身で着替えられたのですか?」
「ふふ、だってこのドレスは手助けが必要ないのだもの。」
にっこり笑いながら萌黄色のドレスを揺らすアリアを見て、乳母は残念そうにため息をついた。
「ナージャは寂しゅうございます。せっかくアリアお嬢様のお世話が出来ると毎日楽しみにしておりますのに、いつもそうやってお支度を一人でしてしまわれて…。」
「そんな事言わないで、ナージャ。」
しょんぼりとする母と同じ年のナージャに、アリアは苦笑いを浮かべた。
子どもの頃は領地に住んでいて、その頃に世話をしてくれていたのが乳母のナージャだった。幼い頃と同じように世話を焼いてくる彼女に、アリアはありがたいと思いながらもなんだかくすぐったい気持ちになる。
「わたしも成長したのよ、ナージャ。…でも髪は結って欲しいわ、お願いしてもいいかしら?」
「…!!もちろんでございますっ!
さあ、今日はどんな髪型にしましょうかねぇ~」
上目遣いでアリアが申し訳なさそうにそう言うと、乳母は途端にパッと破顔した。そして本当に嬉しそうに少女の髪を結い始める。
「作業の邪魔にならないように出来るだけまとめて欲しいわ。」
「まあ。でしたら、編み込んで纏めてみましょうか。あ、ご一緒にお化粧もしてもらいましょう。直ぐにカトレアを呼んでまいりますね。」
その言葉にピクっとアリアの肩が跳ねた。それに気付かず、朗らかな微笑みを浮かべたナージャは一度手を止めると、部屋から出ていった。
(…そうなのです。なにか、おかしなことになっているのですよね…。)
鏡の中の自分の顔を見ながらアリアはスン、と無表情になった。考えることを放棄してしまいたい気持ちを何とか抑えながら考え事をすると、表情を消すためにどうしてもこの顔になってしまう。
(小説の先にアリアの未来は一切出てこないのですが、これは絶対におかしな出来事なのですよね…。)
うーん、と頭を抱えそうになっていたその刹那、コンコン、と再び扉をノックする音が聞こえてアリアは再びビクッと肩を跳ねさせた。少女が恐る恐る返事をすると扉はパッと開かれ。
「アリアお嬢様、おはようございます。お支度の手伝いに参りました。」
「…おはようございます。」
ギギギ、と錆びた音が出そうなほどゆっくりと、ナージャの後ろにいる人物へと視線を向ける。
ここ数日。何度姿を見ても、一向に見慣れない人物がそこには居た。
化粧品が山ほど乗ったワゴンを押しながら、丁度黒髪に赤い瞳の優雅で美しく、ミステリアスな雰囲気の美女が入って来る。ワゴンを部屋へと入れ顔を上げてアリアと視線が合うと、カトレアはにこりと優美に微笑んだ。
(あれれ…?)
アリア付きの侍女としてつい先週よりこの屋敷に勤め始めた彼女の姿に、銀髪の美青年の姿を思い出して、少女は思わず無表情のまま首を傾げる。アリアの傾げた首の方向に、美女は微笑んだまま同じように首を傾げた。
そこにはどう見ても、隣国の皇太子の側近の姿があった。
…あっれーーーーー?
一体何故、貴女はここにいるのでしょうか…?
今頃、貴女のご主人様は主人公と出会っている頃じゃあ、ありませんか…?!
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