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隣国の皇太子様じゃないですか
しおりを挟む夜闇でも僅かな光に反射してキラキラと輝く月のような銀髪に、切れ長の形の良い銀色の瞳。すっと通った鼻筋に薄く色付いた微笑みを称える唇。
王族らしい煌びやかな宝石を左胸に付け、けれど銀糸の施されただけなのに、見るからに仕立てが良いものだと分かる夜に溶け込むベロア生地の漆黒の衣装が、彼の美貌を更に華やかなものにしている。
突然現れたその人物を固まったまま呆然と見つめながら、アリアは必死に頭を働かせる。
第五章。そう、あれは物語の後半の一番盛り上がる出会いよ。デアモルテ帝国より留学してきた皇太子。
主人公の力に興味を持った彼がちょっかいを出しつつ、可愛らしくも一生懸命な少女に惹かれていくやつ。めちゃくちゃド定番だけど、それがないとちょっと物足りなく感じるからあって欲しいやつ。
そして、その美形の名前。
名前。名前は確か。
「…リュ、リュシアン・アレキサンドラト皇太子殿下…?」
「…私の事を知っているのか?」
「…っ(あーーーー!やっぱり本人ですかーーーーーー?!!)」
叫びそうになるのを堪えて、アリアはぐっと奥歯を噛み締めた。その間無表情になってしまったのは申し訳ないけれど許して欲しい。あと、思わず王族の方の名前を許されてもいないのに呟いてしまったのは独り言と考えていただいて、もうこのままどこかに去って欲しい!
そんな事を思っても目の前の人物が消えていなくなる訳はなく。
アリアは深くカーテシーをすると、頭を下げたまま震えそうになる声で言葉を紡いだ。
「て、て帝国の白銀の龍王の御子であらせられるリュシアン・アレキサンドラト皇太子殿下、どうぞ御心にてご無礼をお許しください…。」
暫くそのまま沈黙が降りたが、ふっと彼の笑う声が聞こえた後「面を上げよ」と言われ、アリアはおずおずと顔を上げた。
「こんな奥の庭園まで一人でいらして、何をしているのだ?
そして、私も貴女の名前を知りたいのだが、教えてくれないだろうか?」
「………。
………。
アリア・リエールと、申します。」
「アリアか。貴女に良く似合う美しい名前だね。」
「も、もったいないお言葉でございます…。」
(王族から名前を尋ねられて、こ、断れるわけがない…)
これ以上めんどくさいことになりたくないから男主人公達に関わりたくないよう!と心の中で叫びながら、深深と頭を下げたままアリアは渋々名乗った。
よし、なにかこれ以上話しかけられる前に逃げよう。とりあえずここから離れよう。
「と、とても素晴らしいこのような場所でアレキサンドラト皇太子殿下にお会い出来た事、至極光栄でございます。
…そ、それではわたしはこの辺で…。会場に戻りたいと思いますので…。」
ベンチから立ち上がったアリアは、緊張で強ばりそうになる頬に叱咤をし、出来る限りの淑女の微笑みを浮かべ優雅にカーテシーをすると、そそとその場を離れようとする。
しかし、その少女をリュシアンが目の前に立ち塞がって留めた。
「待って。その顔であの場に戻るつもりかい?」
「え、そ、その顔…?」
あ、背が高いと思いながら、アリアは恐る恐るリュシアンを見上げた瞬間に思い出した。さっき大泣きしていたことを。
ハッとして慌てて両手で顔を隠す。そう言えばさっき手で顔擦ってしまった。目元の化粧はほぼ落ちているに違いない。頬も流れ落ちたそれでぐちゃぐちゃになっているに違いない。恥ずかしさで顔が真っ赤になっているのが、両手に伝わる顔の熱で分かった。
泣いていたことがバレバレだったのだ。というか、アリアがあの庭園に訪れた時には、リュシアンは既に木の上に居たのだろう。泣き崩れた顔で変なことを呟く女だと思われたに違いない。
(ど、どどどどっどうしましょう…?!
よりにもよって他国の王族の方にこんな醜態…っ!や、やややっぱり修道院?!修道院に行くしかないのです?!)
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