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悲しみの涙
しおりを挟む『君を愛しているんだから』
君を、アイシテイルンダカラ…
頭の中で、血液がどくどくと音を立てて流れるのが聞こえてきて、私はいつの間にか呼吸すら忘れていた事に気がついた。頭の中は熱いのに身体はまるで凍ってしまったように冷たくて動かない。
まだ彼らの会話は続いている。
でももう、その内容は耳には入ってこなかった。フィオナが小さく笑い声を上げ、それにジオスが静かにして、と優しく言う言葉だけが聞こえてきた。
彼といる時、私があんまりにも楽しくて幸せで時々笑うことがあった。その度にジオスは『図書館なんだからお静かに』と少し微笑んで唇に人差し指を当てていた。
その光景が浮かんできて、コトリ、と胸の奥で何かが動いてそのまま真ん中にヒビが入り、パリン、と割れる音がしたような気がした。
しばらくすると、彼がフィオナの婚約者だと知らなかった自分の馬鹿さ加減に静かに笑いが込み上げてきた。
震える腕に、胸に抱えた本を落とさないように力を入れながら、そっと二人から離れて身を翻す。
(フィオナの事を愛称で呼んでたなんて、知らなかった…)
足音を立てないように図書館の出入口へと辿り着き、一度だけ室内を振り返った時。こちらを見たフィオナと目が合ったような気がしたけれど、パッと扉から離れて急ぎ足で立ち去った。
そのまま校舎を出て、自宅へと帰る。
自分の部屋の中へと入り、閉じた扉を背に座り込むと。
アンティーヌはようやくポロポロと大粒の涙を零し始めた。
どうして気が付かなかったのだろう。
良く考えて見ればわかる事だったのに。
ジオスとフィオナは、子どもの頃からの幼馴染で家も互いに近く、彼らはよく一緒にいた。アンティーヌはあのパーティの後にそこに混ぜてもらったような存在だったのだ。
フィオナはジオスに近かった。アンティーヌよりもずっと。
子爵の令嬢であるフィオナは、艶やかな黒髪と黒曜石ような煌めく切れ長で勝気な瞳のとても美しい女の子だった。そして正直な性格の少女だった。
『私、貴女みたいに裏でコソコソと他人の悪口を言うような人が大嫌いなの。』
『なっ…!』
『今すぐここでハッキリと言いなさいよ。喧嘩ならいくらでも買ってあげるわ。貴女が勝てるとは思えないけど。』
『フィオナ、貴女…!調子に乗ってるんじゃないわよ!』
『調子に乗っているのは貴女でしょう?大して美しくもないくせに、良くも偉そうに出来たものね?』
『…ッ!!』
何度か教室の中で言い争いをしているのも見たことがある。主な理由は、フィオナの派手な見た目や潔い性格に対して他の女の子が嫉妬して難癖をつける事が多かったからだ。
喋り方もキツめで、女の子達には怖がられて男の子たちには煙たがられていた。だからいつも決まった、彼女と同じくらい美しくて気高い少数の友達と行動していた。
大人しい私は彼女とは別のグループにいた。
フィオナと私は子どもの頃からの幼なじみではあるけど、ジオスほどに親しくはなかった。会えば挨拶や少しの会話もすることはあったけれど、それくらいの関係だった。
私にとっても彼女は高嶺の花だったのだ。
けれど、私はフィオナのハッキリとした物言いが他の人の回りくどい言葉よりもずっと心に届いてくる気がして、彼女と一緒にいるのは結構好きだった。
私はジオスずっとに片想いをしていて、その気持ちを隠すことなく彼と接していたけれど、彼の婚約者であるフィオナの目にはそれはどう映っていたのだろうか。
「だからだったのね…。」
何時の頃だろう。数年前、春よりも少し前くらいから、彼女の自分に対する態度が、周りの人達と同じように冷たくなったような気がしていた。話し掛けても返事はしてくれるけれど、素っ気ない。
元々、学園での友達は被っていなかったから普段は関わることがなかったけれど、遠くから彼女達がこちらを見ながら何やらヒソヒソと話をしていた姿を思い出した。
なるほど、そういう理由だったのかと今になって合点がいった。
では何故。
「…あのキスは何だったの…?」
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