王命を忘れた恋

須木 水夏

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繭の中で

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 クリスティアンの母の実家はこの国の侯爵家とは言え、正妃は北の大国の王女。地位は比べるまでもない。
 母の産んだ一人息子、しかも第六王子であり、王太子には程遠い場所にいたけれど、子どもの頃から毒殺未遂がクリスティアンには相次いでいた。
 汚い権力が行き交い、自分や自分以外の兄弟の生命の明日すら定かでは無い恐ろしく、虚無で、窮屈な空間。

 自分は王位には興味が無いと示す為に騎士を志しても力をつける事が、将来の謀反と見なされたが故に、その未来を取り上げられる始末。

 それなら自分は何のために生きているのだと、クリスティアンが全てを投げ出して逃げ出してしまいたくなった時に、偶然にも彼の元へと訪れた『ステイフィルドの聖女』との婚姻だった。






「僕らは望んでいなくてもそれぞれに役目を負っている。けれど、僕らにも感情はあるでしょう?
 …僕は代用品ではなく、僕でなくては駄目だとずっと言ってもらいたかったんだ。君も、婚約者だった騎士に聖女ではなく、本当の君を見て欲しかったのではない?」





「…おっしゃる通りです」




 クリスティアンの言葉にユリアーナは小さく頷き、目を伏せた。水色の瞳が陽を湛えた水面のように柔らかく光った。





「私は常、ステイフィルドに相応しくあるようにと生きて参りました。けれど、一人の人間としても私を見て欲しかったのです…。

 成長するに従い、『始まりの少女』の話を聞く度に私はどんどんと聖女でいる事が怖くなっていきました。

 私達は『神糸』を紡ぐことが出来ます。けれど、あの伝承は最期はに姿を変えて終わってしまう。

 誰に迷惑を掛けたわけでもなく、慎ましく生きていた彼女だったのに、それでも厭われ蔑まれ、最後には自分の居場所を失って繭になった…自分で自分を『糸』を使って封じ込め、殺して…消してしまったのではないかと、私は思っています。

 きっとそれは、彼女が役目や自分の力から逃げ出したかったから…。
 誰かが、誰か一人でも彼女を抱きしめてくれていれば、そうはならなかったのかもしれない…」



 ユリアーナは、その少女に自分を投影していた。
 魔力を錬成して創る糸は決して切れない。例え剣で切りつけられても傷が付くどころか弾き返してしまうだろう。糸を作った本人が生きている内に消失を願わなければ損なわれない。

 だからこそ。

 隙間なく身体を覆ってしまえばきっと。助けも回復も間に合わないほどに素早く自らの意思で首を絞め、口を塞ぎ、息を出来なくしてしまえば。

 それ程にこの世界から消えてしまいたかった『白蘭の聖女』のように、この力をこの国から取り上げることも出来るだろう。




 けれど、今世まで続く聖女の血筋はそうしなかった。それはきっと、側にいてくれた人達が居たから。
 母には父がいるから。
 
 そして、ユリアーナにディオラルドはいなくなってしまったけれど。





 クリスティアンが手を伸ばしてユリアーナの小さな手に触れた。彼の手は、男性にしては優美でほっそりとしていたが、その指先や掌は剣士らしくマメが出来ていた。






「…僕君を護るよ。
 厭われることも蔑まれることも、軽く見られることもないように。騎士として、君を護りたい…人として愛したい、とも思っている。護らせてもらえないか?

 そして、君も…これから先は僕をただ唯一と思ってくれたらと、願っている」





 大きな手の指先は、少し震えていた。
 それは、クリスティアンがその言葉をユリアーナに伝える為にとても緊張をしている、という事が言葉よりも雄弁に伝わってきた。

 ユリアーナが一瞬、戸惑った後そっとその手を柔らかく握り返すと、ほっとしたようにクリスティアンの指から力が抜けた。表情も先程までのどこか張り詰めたようなものから、安心した子どものように目元が緩んでいるのを見て。




(王族でおあせられるのに、とても素直な方なのね…)




 …この人とだったら。





「クリス様、私も…クリス様の唯一になれたらと、そう思います。
 …そのような我儘を、叶えてくださいますか?」



 そう言ってユリアーナが微笑むと、クリスティアンはホッとしたように笑った。勿論、と頷いて。













 貴方に弱さを見せていれば良かったのでしょうか。弱さを吐き出してれば、そうすれば、あの子のように私も愛されていたのでしょうか?

 問いかけても返事をしてくれる人はもういないけれど。





 握りしめられた手から視線を外し、こぼれ落ちる陽の光の中で温かな繭の中にいる様な気持ちで、ユリアーナはそっと目を閉じた。




















……………………………………………………



拙い文章を最後まで読んでくださり、ありがとうございました(* .ˬ.)
 




 追記ですが、ディオラルド君は他に四家、聖女を護る騎士の家がある中、自分の代で選ばれた!と張り切って聖女の騎士となれたのに、その役目を自らおりてしまった形となります。
 ユリアーナに恋心を抱いていたわけではありませんでしたが、長い時間を過ごす内に家族に向ける親愛のような気持ちを持っていました。それがアゼリアに恋をしてしまったことにより、大切にしていた親愛が負けてしまいました。

 愛情など目に見えないもので形が変わってゆくものを、変わらないようにお互いが努力をする事を怠い、よそ見なんかしてしまった日には何時しかそれは終わってしまうよね、と言うのが描きたかったお話でした!



またどうぞ別作品でもよろしくお願いいたします♪


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