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穏やかな箱庭
しおりを挟む柔らかな陽射しの落ちる、ステイフィルド伯爵家の白いガゼボに若い二人の姿があった。
「…そのような事があったの?」
「ええ、いずれ殿下のお耳にも入る事だとは思いますので、当事者である私よりお伝えした次第でございます」
「リア、『殿下』は辞めて欲しいな。僕はもう婿入りが決まったんだ。もうすぐ同じ伯爵家の人間になる者なのだから、そのような敬称は必要ないよ。クリスと。」
そう言ってにっこりと笑い、殿下は優雅に紅茶を飲んだ。
なんと返事をして良いのか、困り顔のユリアーナに気付きその人が首を傾げた瞬間、銀糸のような髪が陽の光に煌めいて、まるで晴天の日に降る雨のよう、と少女は思った。夜明け色の目が優しげに弧を描き、そして静かに穏やかに見つめられて。
「それで、君の元騎士と元妹はそれからどうしたんだい?」
「…どこへ行ったのかまでは聞いておりませんが、この国にはいないようです」
「なるほど。王命を忘れてしまうほどの恋を、この国内で続けるのはちょっと困難だと察したのかな」
その言葉に、ユリアーナの心臓はことりと音を立てる。ああ、まだ引き摺っているのかと、少女は心の中で自嘲した。
ディオラルドとの婚約が解消となった伯爵家は、彼らがこの地を去った後に新しく婚約者を求めた。
けれど、彼女を護る四つの騎士の家には年齢の見合うものがディオラルドを省いて三人しかおらず。ユリアーナよりも年上のその全ては、年齢的にも皆既婚者だった。
ユリアーナは、ディオラルドとの婚約がなくなった後はもう結婚をしなくても良いとまで考えていた。彼とアゼリアの事は、それ程までに少女を傷付けた出来事だった。
けれど、そう思っていた矢先に王命が下った。
「第六王子をステイフィルド伯爵家の婿として遣わせる」
と言うものだった。
これ以上王家との厄介な関わりを増やしたくない両親は難色を示したが、王命に逆らえるはずもなく。
そうして、顔見せと称してステイフィルドにやってきたのは、ユリアーナよりも一つ年下のクリスティアン王子だった。
王族の証である濃青色の瞳を持つ、美しい男性だった。
伯爵家はそれなりには裕福な部類ではあったが、王家に比べれば質素であり、必然的に生活レベルを下げることとなる。そんなところへ王子がやって来たところで直ぐに音を上げるだろう、合わなかったと伝えて王家に戻せば問題は無いだろうと彼を王都へと帰す理由まで考えていた。
けれどクリスティアンは挨拶を交わした初日、警戒をする両親に言った。
「私は王家の生まれではありますが、側妃が母親です。つまり、スペアのスペア。しかも最後まで出されることの無いカードのように、彼らにとって真の価値のある人間ではありません。
正直に申し上げますと、私を助けると思って受け入れて欲しいと言うのが、一番の本音です。
私は第六王子。いずれ外へ出される身として幼い頃より育ちました。その為、身一つで生きていけるようにと剣を習い、直近まで騎士団へと所属し辺境の土地にて修行をしていました。けれど其れすら彼らにとっては良しとされず、取り上げられようとしています。
私は、騎士です。
命に替えても、必ず聖女様を護ります。
そして彼女だけを見つめて生きると、誓約します。
どうか私をユリアーナ様のお傍においてもらえないでしょうか?」
そう言いきった彼の瞳は澄み切っていて、一切の濁りはなかった。
「ユリアーナ。失礼なことに聞こえたら申し訳ないんだが、僕と君は少し似ているんだ」
「私と、…クリス、様がですか?」
「うん」
穏やかな箱庭の中で、彼は空を見て眩しそうに目を細めた。
「君は君でこの場所に縛られ、生きる道を制限され何処にも逃げることが出来ない。
僕は僕で、しがない側妃の息子として代用品であることを常に求められ、王家で使える道具として生きていくしかない。…今回の婚約も、王家が考えたのはステイフィルド伯爵家とのより強い繋がりを求めてのことだと思う」
「…はい」
「僕はね、それをこっちが利用してやろうと思ったんだ。
閉じ込めるだけ閉じ込めておいて、生きる術を奪おうとするなら、僕があいつらを利用してやろうって」
クリスティアンにとって王家は鳥籠だった。
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