王命を忘れた恋

須木 水夏

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知らなかったこと(ディオラルド)

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「…アゼリアと貴女の結婚は認めましょう。としての最後の仕事がこんな事になるとは思いませんでしたが」
「…後見人?」




 ステイフィルド家の応接間にて、ディオラルドは自分の耳に聞こえてきた言葉に疑問を感じ、目を上げた。
 いつも温厚な笑みを称えていた女伯爵であるユリアーナの母の、まるで氷のように冷たい水色の目と視線が合う。
 その瞳の色はと同一で、ディオラルドは思わず気まずさに目を逸らした。

 伯爵の静かな声がその場所に響いた。



「ええ、そうよ。私達はアゼリア・の後見人よ」
「アゼリア・サンドール…。ま、待ってください!アゼリア、嬢はステイフィルド伯爵家の者ではないのですか?」




 ディオラルドは、混乱したように驚いた表情で伯爵を見た。呆れているような、憐れんでいるような、けれど厳しい視線が彼に注がれている。



「何を言っているの、貴方。
 貴方が我が家と婚約を結んだのはアゼリアが家で引き取られる前だったでしょう?最初にユリアーナが紹介したはずよ。『義妹とアゼリアよ』と。血が繋がっている者に、そのような事を言わないでしょう?」
「そ、そうではなく!アゼリア嬢は、ステイフィルドに養女として引き取られたのではなかったのですか…?!」
「…両親を失った少女を、成人するまで一時的にをしていただけよ。」








 
 あの日、ユリアーナに本当の気持ちを告げた日。アヴダンド伯爵家に戻り、父に正直にその話をした瞬間に、彼は今まで見た事がないほどに憤怒した。

 父はディオラルドにステイフィルドへと戻り、解消を告げた事を取り消してこいと怒鳴り散らし、だが青年の気持ちが揺るがないと知ると、急に表情が抜け落ちた。





『…良いだろう。お前には元々継ぐ家は無い。だからこそ、ユリアーナ様との縁を大事にしろとあれほど口酸っぱく伝えていたのに、何も響いていなかったようだな。』
『…その事に関しては、申し訳ございません』
『ディオラルドよ、お前は自分の選んだ運命に対して直にとてつもない後悔をするだろう。お前を導けなかった私自身にも腹が立つがな。
 お前はそんなものじゃないぞ。

 お前は自分のを失うのだから』



 父の言葉の意味が、その時のディオラルドは解らなかった。






 あの日、気持ちを告げた時のユリアーナの表情を思い出すと、ディオラルドの胸はちくちくと傷んだ。
 いつも優雅に微笑んでいた少女が、まるで雨の日の空のような瞳で泣きそうになりながらもこちらを見て、そして最後に悲しげに微笑んだのを目の端で捉えていた事を思い出して。

 けれど、ユリアーナとは違い、自分の気持ちに正直なアゼリアに頼られ甘えられ、生まれて初めて心を奪われてしまったディオラルドは、どうしてもそのままユリアーナと一緒にいることは出来なかったのだ。
 それならばと、婚約関係の解消を願った。ユリアーナは察し良く、全て言葉にしなくても分かってくれた。
 彼女と結婚せず、向こうに入婿出来ずともアゼリアと一緒になれば、ステイフィルド家との繋がりは切れない筈だった。だから、父親の怒りも直に収められるだろうとそう思っていた。







「アゼリア嬢は、ステイフィルドでは、ない…?」
「今更どうしたと言うのです。そんな事は百も承知の上でここに来たのでしょう?貴方のお父様もご存知の事よ。」


(父からは何も聞いていない…どうして、どうして…)



 ステイフィルドは大昔より続く聖女の血筋。アヴダントはそれを守護する為に王家より遣わされた騎士の血筋だった。

 現ステイフィルド伯爵家の婿は、別の騎士の血筋であり、ステイフィルドはその領土を四方より騎士の血筋の家系により護られていた。
 その四家よりステイフィルドを守護し支える為に婿を捧げよ。背けばその地位を略奪する。それは絶対的な



「…私、は…背いて、しまったのか?」




 独り言の様に、口からこぼれ落ちた言葉の意味を脳が理解するまでに少し時間を要して。ディオラルドは身を大きく震わせると震える足でバッと立ち上がった。




「わ、私は知りませんでした!知っていたら」
「知っていたら、どうだと言うの?」



 氷のような冷たい声に、ディオラルドの真っ青になっていた顔が、更に紙のように白く変わる。





「知っていて、どうしたと言うの?まさか、ユリアーナと婚姻をした上でアゼリアとも関係を続けようとしたの?」
「そ、そんな事はいたしません…!」




 思ってもいなかった言葉に、思わずディオラルドは声を張り上げたが。





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