王命を忘れた恋

須木 水夏

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力の具現化

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 糸を作る。


 それがステイフィルド伯爵家やその親類の仕事だった。勿論では無い。神糸かみいとと呼ばれるそれは、厄災を退ける聖なる魔力をステイフィルドの血筋にのみ受け継がれている方法で具現化し、細く長い糸にしていく。

 その糸は、紬者の指先から青白い光を伴って生まれ空中でくるくると弧を描きながらやがて繭玉のように形成される。優しく煌めくその糸は、聖女の血を引くと言われている者のみが生み出すことの出来る唯一無二のものだった。決して切れることの無い、けれど細い糸。




 それは、この国の要である王家や教皇を守る為に、彼らの衣類に多くは使われている。
 その糸を使われた衣類や布を身体に触れさせると、傷口が塞がり病が治る。奇跡と呼ばれる力だった。

 一度に生産できる数はその人それぞれの能力によって変わるが、中でもステイフィルド伯爵家の嫡女であるユリアーナの母の力は先代よりも強かった。その血を受け継いだユリアーナはその母と同じほど、またはそれ以上にを紡ぐ能力が高かったのだ。

 ユリアーナは元々持つ魔力が高いだけでなく、己の力を高める鍛錬を幼い頃より怠らなかった努力により、今の力を得ていた。


 けれど。






「...どうして私には力が無いのでしょう?」
「アゼリア?」
「お姉様と同じ力が欲しかったです...。」


 遠い血筋、それも父方の親族であったアゼリアは糸を具現化できる能力を、当たり前だが持っていなかった。
 ただ、ユリアーナのようになりたいのか彼女が糸を出す鍛錬をしていると、近くでため息をつきながらそれを見ることが多くなった。




「...アゼリアは、現王太子フィヨルド様の婚約者であるテレツィア公爵令嬢様のお話を知っているかしら?」
「えっと、...いいえ。」
「テレツィア様は、公爵家の中では『落ちこぼれ』と呼ばれていたそうよ。」
「そう、なのですか?」



 ユリアーナは、指先から出していた光の糸を空気の中に散布させると。アゼリアをじっと見つめた。



「実際にはそんな事はなくて。とても気高く頭脳明晰で、そんな彼女を妬む周りの人間に貶められていたのね。
 彼女は持つ能力に驕れることなく自身をずっと高められ、その結果他家の令嬢達を退き王太子様の婚約者様となられたの。
 聖女の力が全てでは無いわ。貴女がいかに貴女の持つものを育てられるかなのではないかしら?」
「…そう、でしょうか?」
「そうよ」
「でも…それは、お姉様がを持っていらっしゃるからでは?」


 アゼリアはそう言った後に、ハッとしたように自分の口を片手で塞いだ。思わず口に出てしまった本音だったようだ。





「…そう。貴女はそのように思っていたのね?」
「…本当のことではありませんか。その力も家柄も血の繋がった両親も、…それに誰よりも素敵な婚約者だってお持ちじゃないですか」
「アゼリア…」
「……失礼します」




 ユリアーナの問いかけにアゼリアは気まずげに視線を逸らすと、そう早口で言ってぱたぱたと去っていった。







 そう、だから。貴女は。





 
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