王命を忘れた恋

須木 水夏

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姉妹の違い

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 ユリアーナは幼い頃より、美しく厳格で、それでいて優しい伯爵家の当主である母とどこまでも穏やかな父に、ステイフィルドを継ぐ女伯爵となる者として、熱心に教育されてきていた。


 そこへと八つの時にやって来たアゼリアは来た当初こそ自分の世界に閉じこもっていたが、ユリアーナの根気のある励ましにより、半年経つ頃には生来の明るく人懐っこい性格へと戻っていた。
 半面、生家の男爵家では末っ子だったせいもあるのか、お淑やかさや上品さとはまだ大きな隔たりがあった。


 無闇矢鱈に走り回っては行けないことや、大きな声で笑ったり喋ったりしてはいけないこと。
 食べる時は小さくちぎったり一口サイズに刻んだ物を口に運ぶことや、目上の人の目を真正面から見据えてはいけないこと、歩く時は上半身を揺らさずゆっくり動かなくてはいけないことなど、アゼリアはまだ知らない事だらけで。


「なぜ口を大きく開けて笑ってはならないのですか?」
「口を大きく開けるのははしたないでしょう?微笑む時は扇子で口元を隠すものなの。」
「…なぜダメなのか分かりません。」
「貴族には貴族らしく振る舞う義務があるの。美しく正しく、きちんとした生活を行わなければならないという事。それは、誰の目から見ても明らかでなければならないの。」
「自由に微笑んでも、それは正しいと思います。」
「そうね。けれどそれでは貴族らしくないわ。」
「…。」
「貴族が貴族であらん為の作法は他にも色々あるのよ。領地の方々に尊敬されるようにきちんと身につけましょう?」
「…わかりました…。」




 説明を聞いてもアゼリアは不満そうに頬を脹らます。それでも、ユリアーナや家庭教師が意味があることなのだとしつこく教えれば、納得してマナーや勉強と向かい合う素直な子どもだった。






「ユリアーナは本当に優秀だな。将来この伯爵家を継ぐのに相応しい、素晴らしい私の娘だ。」
「あらいやだ、わたくしの娘よ」
「それはそうだ。間違いなく君の娘だよ」



 ある時の夕食時、何の話の続きだったのか...ああ、そうだ、あれは家庭教師の報告でユリアーナの成績を褒められた時だったか。
 父は満足そうに少女に微笑みながらそう言った。そして、母も嬉しそうに笑っている。褒められたユリアーナははにかんだ笑顔を浮かべ、ありがとうございます、と落ち着いて答えた。


 彼の言葉にアゼリアはきょとんと彼を見つめた。そして一度ユリアーナを見ると首を傾げ、自分を指さした。

「...わたしはどうなりますか?」
「アゼリアかい?アゼリアは、将来お嫁に行くのだよ。」
「...およめ?花嫁になれるのですか?」
「ああ、そうだね。」


 アゼリアは嬉しそうに顔を輝かせた。
 そんな義妹を見て、母は優しく微笑んだ。

「王子様は難しいかもしれないけれど、王子様ぐらい素敵な人には出会えるんじゃないかしら?」
「まあ、すてきです!お姉様のご結婚相手のディオ様くらい素敵だと良いです...!」



 アゼリアの弾んだ声に、ユリアーナはぴくりとまつ毛を震わせた。アゼリアのその言葉に父も母もただ微笑んでいる。



「そうだな。彼くらいの好青年は中々居ないだろうが、きっと良い人を見つけよう。」
「貴女であれば、きっと良い出会いがあるはずよ。」
「はい!」



 嬉しそうに頬を染め、にっこりと微笑んだアゼリア。ふとユリアーナの顔に目を止めると、無邪気な笑顔を浮かべた。そんな妹に彼女も微笑み返す。
 複雑な思いを心に秘めながら。






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