王命を忘れた恋

須木 水夏

文字の大きさ
上 下
1 / 14

ステイフィルドの聖女

しおりを挟む
 





ステイフィルドにはの伝承が残っている。
 そして実際にその聖女は今代まで息づいている。






 大昔、この世にまだ白蘭と呼ばれる不死の花がある場所に咲き乱れていた頃。まだ昼も夜も無く、人という生命が産まれたばかりのその世界の中。

 白蘭は自らは不死の花ではあったが、産まれてきた生命にとっては、命を奪う猛毒の花だった。

 
 とある日、一人の男が友人といる時、冗談で白蘭の花弁を口に含みかじって食べた。そしてその直後呼吸困難に陥って直ぐに死んでしまった。



 それを見聞きした人々は白蘭を恐れ、人間の毒になる花がこの世にあってはいけないと、花を根絶やしにしようとして白蘭の群生を燃やしてしまった。
 
 すると何ということだろう。
 燃え上がった花は煙の中に瘴気を発し、近くにいた人間はそれを吸い込んだ。その煙は一瞬で人々を死に至らしめた。
 その出来事により更に花に対して恐慄いた人々は、その場所より少し離れた土地で暮らすようになったが、これ以上花の侵食を許すことのないように白蘭の監視者が必要となった。それは親のいない少女だった。


 その少女は一人だけ変わった色をして生まれた。不気味に光っているように見える薄水色の瞳と闇色を薄めたような色の髪。両親には似ておらず、周りの人間に馴染めず死んでも特に影響のない人物へと成長した少女は、白蘭の監視者にぴったりな存在だった。

 少女は白蘭の群生の近くに掘っ建て小屋を建て、その中で暮らしていた。ほかの人々は遠巻きに、少女が白蘭の中に佇んでいる姿を度々目撃した。白蘭の群生はその土地でそれ以上は広がることはなく、人々は安心して暮らしていたのだが。

 また何年が経つと、その白蘭の群生に不思議な現象が起きた。日が暮れ、辺りが闇に包まれていく中、白蘭の花が光を帯びるようになったのだ。薄らと輝く花々の姿に対して人々は薄気味悪く思い、またその中で普通に暮らす少女に対してもまた同じ思いを持った。




 そしてもう一つ、不可解な事があった。





『あの娘はいつまで経っても歳をとらない』
『子どもの頃から見てきたが、何十年経っても変わらない』
『薄気味悪い女だ』
『化け物だ』



 何気ない子ども達の御伽噺から、実際に少女と話をしたことのある大人達まで、いつの間にかその話を信じるようになり。貧しい暮らしの中で誰かを怨みたかったのか。少女に対して無視をし、物を売らなくなり、石をぶつけるようになった。


 そして。




 以前あったを物語の出来事だと信じなかった人々は、再び数十人で集まって、とある夜に白蘭の野に枯れ草をばら撒き、そこに火をかけた。
 そしてあっという間に立ち上る白蘭の燃える煙と香りの中で、人々は立っていられずにしゃがみこんだ。その、死にゆく視界の中で。


 燃え盛る白い花の中、少女は涼しい顔で立ち尽くし、燃えゆく花々をじっと見つめていた。炎に照らされるその顔は、化け物と呼ぶには美しすぎた。その身体は炎から護られるかのようにに包まれて、最終的にはまるで大きな繭のようになった。



 火が収まった時。



 その繭に人々が恐る恐る触れると、ある者は傷が治り、ある者は視力が回復し、またある者は不治の病より復活した。
 人々が触れる度に繭は小さくなって行き、やがて中に入っているはずの少女諸共形残らずに消えた時、その時になって彼らは、今まで魔女や化け物と蔑んできた少女のことを『白蘭の聖女』と呼ぶようになった。
















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

めぐめぐ
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。魔法しか取り柄のないお前と』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公が、パーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー短編。 ※思いつきなので色々とガバガバです。ご容赦ください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。 ※単純な話なので安心して読めると思います。

悪役令嬢は毒を食べた。

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
婚約者が本当に好きだった 悪役令嬢のその後

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

結婚するので姉様は出ていってもらえますか?

基本二度寝
恋愛
聖女の誕生に国全体が沸き立った。 気を良くした国王は貴族に前祝いと様々な物を与えた。 そして底辺貴族の我が男爵家にも贈り物を下さった。 家族で仲良く住むようにと賜ったのは古い神殿を改装した石造りの屋敷は小さな城のようでもあった。 そして妹の婚約まで決まった。 特別仲が悪いと思っていなかった妹から向けられた言葉は。 ※番外編追加するかもしれません。しないかもしれません。 ※えろが追加される場合はr−18に変更します。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

処理中です...