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残された子供2
しおりを挟む「「僕…?」」
「そう、夢の中で私はサフィアよりも歳下の、弟だったわ。」
「…おとこの娘とかではなく~?」
「男の子ですぅーーー。」
ネイフィアはテーブルに肘を着くと左頬を乗せて、ため息を一つ吐いた後、ぽつりぽつりと夢の話の続きを始めた。
身体中に無数の傷を作り、亡くなっている自分の姉の姿を見て、涙を流し続ける夢の中のネイフィア。
怒りや憎しみ、そして身が引き裂かれるほどの悲しみが身体中を駆け抜け、息が出来ないほどだった。
目の前の魂が抜けてしまった姉の身体から、どんどんと体温が無くなっていくのを、ネイフィアはずっと左手で感じていた。
憎い。
憎い。
憎い。
殺してやる。
時間が経てば経つほど憎悪の炎が激しく燃え盛り、ネイフィアの幼い心を瞬く間に焼き尽くしていく。
姉をこれ程までに傷つけ、殺害した敵国の兵士は既にこの空間のどこかで死んでいる。姉が自分達を護る為に自らを犠牲にして制してくれたから。
どこにこの激情をぶつければいいのか。見開いたままの双眸は瞬きを忘れ、涙を流し続け、まるで荒れ狂う海のような感情に揺さぶられ、茫然自失に陥る中。
『顔を上げよ。幼き者よ。』
その声は、ネイフィアの耳ではなく、心に語りかけてきた。
その声が聞こえていた方向へとネイフィアは、壊れた人形のように頭をぐらぐらと揺らしながら、ゆっくりと顔を上げた。
目の前にいた、まるで巨大な白い樹のように悠然と存在する大翼竜は、金色の粒子をその身体に纏わせ、ネイフィアをじっと見つめていた。
まるで、直接頭の中に響いてくるような、低く不思議な音で、大翼竜は再び少年に問いかける。
『お前は母の何だ。』
「……ぼ、ぼく、は…この方の、お、弟です。」
やや時間を置き、掠れ、震えた声でネイフィアは答えた。
『幼き者よ。お前は我の庇護者か。』
「…ぼくは…まもられて、ばかりで…姉さまも皆も、助けられ、なかった…。」
姉とは十ほど年が離れていて、自分が明らかに子供でなんの力もないことは痛いほど理解していた。
けれどその事実がこんなにも苦しい。
そんな言葉を続けて呟き、懺悔の涙を零し続けるネイフィアに大翼竜は静かに問いかけた。
『…名はなんと言う?』
「…ら、ラピス。」
『ラピスよ。お前は何を望む。
母はこの国の守護と子ども達の未来を願った。お前は何を願う?』
『ラピ、おいで。貴方は本当に泣き虫ね。』
『なきむしじゃないもん!』
転んでべそをかいて。サフィアの膝の上でぐずぐずと鼻を鳴らしながら、ラピスは拗ねていた。そんな可愛らしい弟の、自分よりも濃い色の金髪を撫で、姉は春の陽光のように優しく微笑んだ。
『いつか、貴方が大人になった時。』
『なったら?』
『民が悲しみや苦しみ、そして痛みの涙を零す時、貴方が支えてあげられる人になって欲しい。』
『…ささえる?』
『私達は大翼竜に護って頂いているでしょう?でも、彼の方は遠くにいて直接私達に関わってくることは無い。私達が山岳を訪れる事だけができる。これは知っているね?』
『うん』
少年は頷いた。あそこに居るのだと教えて貰った遠くに青く聳える山岳を見ても、竜の姿を見た事は一度もない。
ただ、遠い昔に自分達の祖先が一体の大翼竜を大怪我から救い、その出来事がきっかけで国に住み着き、護り神となったという話は知っている。絵巻に残っている白金の美しい生き物が本当にあそこにいるのか、ラピスには分からなかったけれど。
『私達王族は、民のために大翼竜を庇護する者達。貴方も大きくなったら、この国の人々の為に大翼竜に護って下さいと、お願いをするの。』
『おねがい?』
『そう。貴方もいずれ彼の方に会うでしょう。』
『サフィア姉さまは、あったことがあるの?』
『あるよ。とても優しい目をしてらっしゃった。』
姉はいつも、周りの人々の幸せを願っていた。煌めく青い目は遠い先の未来を見つめ、この国が安寧の中にあることを常に祈っていた。
もう動かないサフィアを、ラピスはもう一度見つめた。
姉は最期まで王族としての自分の立場を忘れず、最期まで国の幸せを願った。
それならば。
「僕は…、…わたしも、この国に守護を…。そして、この国の人々を護る力を…!どうか…」
ラピスは泣きながらそう訴えかけた。
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