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しおりを挟む銀髪に空の色よりも遥かに濃い青色の瞳の少年は、ティアリーネがまだ公爵家について記憶があやふやな頃より傍に居た。
気がつけば隣に座り、彼女にあれやこれや話し掛けてきた。ティアリーネは喋り方を忘れてしまっていた為、返事が出来なかったが、彼は全く気にした素振りも見せずっと喋りかけてきていた。
喋りかけられる言葉に感化されたのか、日々の生活の中で癒された結果か。
自らを護るように自分の中だけに向けられていたティアリーネの意識は、ゆっくりと外の世界へと向けられるようになった。
自分を殴りつける道具でしか無かった本は、実は知識の宝庫であること。
自分を傷つけるだけであったカトラリーは、食事を楽しむための道具であること。
食事は味のしないものではないこと。
人は、必ずしも自分を殺そうとするわけではないこと。
小さなことを少しずつ知って世界が広がる度に、ティアリーネの小さな胸の中にじわじわと広がっていったのは、なんと表現して良いのか分からない鬱屈した感情だった。
何故自分があの様な目に遭わなくてはいけなかったのか。
何故あの人は自分を傷つけたのか。
気の晴れない感情がいつまでも続いていた中、ヴァンがティアリーネに与えたのは『聖女列伝』と描かれた本だった。
難しい言葉の羅列の中、『聖女』という文字はティアリーネの記憶の中にあったあの人の叫び声を思い起こさせた。
『何で私がこんな目に?お前を産んだから?
冗談じゃないわ。私は聖女なのよ!』
あの人は聖女だと自分を言っていた。
本を持つ手がブルブルと震えたが、ティアリーネはその文字から目が離せなかった。
聖女とは鬼や悪魔のような所業をする人間の事を指すのだろう。
自分のように、苦しめられた人が他にもいるのかもしれない。そう思ったティアリーネは、あんな目に遭ったのは自分だけでは無かったという救いを求めて、その本を必死に読んだ。
けれど。
『聖女とは、人々に生きる力を与え、彼らを護り導いていく神の申し子。
弱き者を救い、癒しを与える至高の存在。
私達は皆、彼女達の授ける恩恵により日々生かされ、この国はこれからも憂いを乗越えていくことが出来るだろう。』
震える指先で頁を捲り、読み進めても、読み進めても。
何処にもティアリーネが受けた暴力など微塵も載っていない。それどころか、聖女が如何に稀有で人々を助ける為に存在をしている事が綴られているばかりで。
ゆるゆると首を横に振ると。ティアリーネは、声にならない悲鳴を上げて床の上に力なく崩れた。
そこから記憶がなく、次に気がついた時には部屋の中は真っ暗になっていた。
「…た…」
掠れた声が、自分の口から漏れた。
だれか
だれか
その後の事は良く覚えていない。ティアリーネは茫然自失となったまま何時の間にか部屋を抜け出し、ふらふらと廊下を歩いていたらヴァンが自分を呼んだ気がして。自分の手を優しく掴んだ彼の手が温かくて、やるせなくて、悲しくて、安心して。
ずっと言いたかった言葉を気が付いたら、ヴァンに向けていた。
「たす、けて」
と。
その言葉を発した瞬間に身体が温かいものにぎゅうぎゅうと締め付けられて苦しかったけれど。その苦しさは全然嫌なものではなかった。
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