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しおりを挟む晴れの日。
自室の窓の外を眺めながら、そこに映り込む花嫁姿の自分を見てふと唯一知る聖女を思い出したティアリーネは、薄く冷笑を浮かべた。
父に似ているのは、恐らくこの白金髪と、彼が持っていたと言われている、時折王族に生まれたものに受け継がれる『王家の痣』と呼ばれる虹彩に散らばる金色の花弁のような点だけだろう。アゼリア王女には無かったと『聖女列伝』には記載されていたのだから間違いない筈だ。
けれどそれも、ティアリーネの感情が大きく動いた時にしか顕にならないので、普段は目立たない。
それ以外は、ティアリーネは驚く程にアゼリア王女に酷似していた。
白金に混ざるピンク色も、硝子玉のように透き通る水色の瞳も。本来であれば至極に美しく人に愛される姿であるのに。
ティアリーネは、自分のこの容姿が大嫌いだった。
アゼリア王女は、力があろうとなかろうと偽聖女と言われて然るべき人だ。
血の繋がった実の兄に恋情を抱いた。妹としてしかアゼリアを見ていなかった王子に薬を盛り、そしてティアリーネを儲けたのだ。
この国では近親相姦は大罪となる。第二王子であったアンドリューは妹と関係を持ったことで精神を病み、失意の中で毒杯を授けられた。
アゼリア王女はティアリーネを産みそして引き離された後に、ひっそりと城の最北の塔へと幽閉された。
あの人は、まだ生きている筈だ。
聖女の命を奪う行為は神に背く行為。その為、国の法律に従っての処刑は執行できない。そして、聖女自身は自死できないのだという。
無意識に力を使い、暗く冷たい小さな檻の中であの人は恐らく生き続けている。
狂ったまま、何故生きているのかも分からずに。生命を自ら絶つ事も出来ずに。
最早、知る由もないけれど。
ティアリーネは、自分を産んだ人が真に聖女であることをその身をもってよく知っていた。
自分を殴り切り裂き、何度も命を奪おうとした。
そしてその度に力を使い、ティアリーネを修復したのが、その人だったから。
完全に治すまでは力は使わない。死なない程度に調節しながらあの人が修復したティアリーネの身体は幼い頃はどこもかしこも傷だらけであった。
もう殆ど、傷跡は消えたけれど。
ずっとそうだった。
産まれた直後の記憶などティアリーネには無い。けれど、いちばん古い記憶が首を絞められ殺されかけたそれなのだ。手や本で殴られ、フォークで突き刺されナイフで切りつけられ、その度に『聖女の力』を使ってあの人はティアリーネを治療した。
泣きながら何度も。
そこにあったのは、ティアリーネに対しての慈悲などでは無い。単純に自分が一人になってしまう恐怖に対しての涙だったと今なら分かる。
暴力を振るう時以外は居ないものとされ存在を無視されていて、視界に入ると怒鳴られ殴られる。だからティアリーネは息を殺し自分の個を殺してずっと過ごしていたのだ。
それが出来なくなったのが、マスティマリエ公爵家へやって来てからだった。誰かしらがティアリーネに接する時、そこには蔑みも苦しみも痛みも伴わない。その意味がずっと分からなかった。
何故殴られないのか、何故傷付けられないのか。虐待による精神的な負荷で喋る事すら出来なくなっていた幼い少女に、公爵家の人々は真綿で包むように優しく接した。
中でも、一番年の近かったヴァンは多くの時間をティアリーネと共に過した。少女に文字を教えたのは彼だ。
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