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しおりを挟むその日も学園が終わり帰宅した後、ティアリーネは図書館の中でぼんやりと本を見るともなしに見ていた。読んでいた小説は内容が頭に入ってこないので諦めて一度閉じると、ふと視線を真横にずらして。
机の右端に置いていた『聖女列伝』を手元に引き寄せた。
『偽聖女の娘』
ふと、言われた言葉を思い出す。
そもそも聖女とは何か、彼らは知っているのだろうか。会ったことがあるのだろうか。
「…確かにあの人が聖女だとすると、世界には救いがないわね…」
そう呟きながら、表紙開けて頁を捲っていく。何度も何度も読んだそれは、もう中身は暗唱出来るほどに覚えてしまっていたけれど。
ある頁で、ティアリーネはいつも手を止める。そこに描かれている、とある人物を空洞のような目でじっと見つめた。
『聖女列伝』には、平民から王族までその時代で教会に認められた人物が載っている。
全ての個の活動履歴は残っておらず、殆どか生年月日と出身地のみしか載っていないが、その時代の主に著名な聖女に関しては記されているのだ。平民、貴族は流行病を治したり、土地の浄化を行っていたりした場合は功績が載る。
王族はそれとは別だ。何を成していなくとも歴史上の重要人物として載っている。
聖女と呼ばれる者の中で、家柄や功績も絵姿も歴史書に載っている王族は、
宝暦106年生誕、リリア女王(享年73)
176年生誕、カサンブレラ皇后(享年35)
195年生誕、マチルダ王女、後のマチルダ女王(享年69)
238年生誕、カテリーナ妃殿下(享年27)
258年生誕、デューダ第一王女、後のデューダ女王(享年9)
296年生誕、ティアラ妃殿下(享年33)
319年生誕、フレイア第四王女、後のフレイア女王(享年86)
387年生誕、アン妃殿下(享年27)
407年生誕、アゼリア第三王女(享年不明)
国が生まれて四百数年、名前だけが載っているものは三百人ほど。ある程度力が強かった者は、名前と生年月日と、出身地、功績まで短く記されている。
妃殿下は、国内の貴族や平民の生まれだが強い力を持った者で、聖女の力を取り込むことが目的の王族と結びつき、そして彼女達は必ず聖女を産んだ。そして、彼女らは一概に短命であった。
不思議な事に聖女の産んだ娘達は、一人として聖女を産まなかったが、長寿であり長く国を安寧へと導いた。
ただ一人、直近に存命をしていたアゼリア第三王女以外。
姿見に描かれているのは、ほっそりとした庇護欲をそそる見た目の美少女だった。柔らかに波打つピンク色の髪と大きな水色の瞳。夢の中で錯乱していたあの人と同じ見た目のその姿。
私を殴った後に、あの人はよく泣き叫んでいた。扉に縋り付き、打ち破らん限りに叩きながら。最早その頃には狂っていたのかもしれない。
『アンドリュー…アンドリュー!ねえ!そこにいるんでしょう?!』
『ほら!貴方の子が死にそうよ…ねえ!死んでもいいの?見てるんでしょう?!』
『貴方のリアはここにいるわ、ねえ!開けてよ!扉を開けて!』
『何故なの…ねえ、ここを開けてよ…』
身体の感覚がなくなり意識が遠のく瞬間は、ヒューヒューと自分の気道を空気が通る音だけがいつも大きく聞こえた。
ティアリーネは生きていながら、その頃には既にこの世の地獄を知っていたから。誰に厭われることも誹謗を受けることも、それに比べればなんということもないことだった。
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