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しおりを挟む「ねえ、あの噂聞かれまして?」
「ええ勿論ですわ。アレナトゥア侯爵家の件でしょう?」
「養女の癖に婚約を断るなんて身の程知らずよねえ。」
「本当に。でもどこか高齢の方の後妻にでも当てがあるんじゃないかしら?見た目は良くていらっしゃるものね」
「マスティマリエ卿もお可哀想よね。妹のせいで婚約が決まらないんでしょう?」
「まあ、そうなのですか?」
「当たり前じゃない。あれが残っている公爵家へと嫁ぎたい娘がいる訳がないでしょう?」
「でも卿はとても美しくてお優しい方でいらっしゃるのよね。もしティアリーネ様がいなくなったら立候補したいくらいですわ」
「何を言っているの。男爵家の娘じゃなれないわよ、公爵夫人には。伯爵家より嫁ぐのであればありうるけれど。」
「酷いですわ。夢見るくらいは良いでしょう?」
(困りましたわね)
昼休みの中庭にて、ティアリーネは大きな白樺の樹の後ろに座り込み、生垣の向こう側から聞こえてくる終わらないおしゃべりお喋り(悪口)にどうしたものか、と立ち往生をしていたのだ。(座っているけれど)
しかし、彼女達はこの後の授業がかなり遠い移動教室であることを知らないのだろうか?クラスは違うから授業自体は別の教室で行われるが、結局どちらも自分達の教室からは離れたところに移動をしなくてはならないのだ。
今から教室に戻り、教材の準備をしてそこから結構な距離を歩く。今移動をし始めないと遅いくらいなのだが、彼女達は動く気配がない。
(本望では無いけれど、仕方がないわね)
ティアリーネは小さく溜息をつくと、立ち上がりパッと後ろを振り返った。垣根の向こう側、テーブルに腰掛けていた三人の女生徒は突然現れた人物にまずギョッとし、そしてその顔を見て明らかに顔を引き攣らせた。
それはそうだろう。悪口を言っていた相手がそこに居たのだから気まずいには違いない。けれど、そこに居た伯爵令嬢は直ぐに立ち直ったのか、ティアリーネに対して蔑むような笑みを浮かべた。
「あら嫌だ。誰かと思えばティアリーネ様ではありませんか?まさかこんな所で隠れていらっしゃるなんて…あ、そうですわよね。貴女どこにも居場所がなくていらっしゃるから」
ティアリーネはその言葉に、眉毛ひとつ動かさずじっとその娘を見つめた。
小麦色の髪に小麦色の瞳。顔立ちは華やかでは無いが可憐な感じのする少女だ。ティアリーネは頭の中の貴族名鑑を捲り、似た色の人物を見つけた。
(ああ、貴族派閥のあの家の娘かしら)
「ラディア・サムル伯爵令嬢?」
ティアリーネに名前を呼ばれて、少女はびくりと驚いたように肩を震わせたが、直ぐに訝しげに睨んだ。
「…何でしょう?」
「わたくし、いつ貴女に名前を呼ぶことを許しました?」
「…は?」
「と言うか、話しかけることも許していないと思うけれど。何を考えてわたくしに話しかけたのでしょうか?」
公爵令嬢であるティアリーネに、伯爵令嬢が何の挨拶もなく、しかもファーストネームを断りもなく呼ぶのは通常では有り得ないことだ。けれど、目の前の少女はふん、と鼻を鳴らした。
「何を偉そうに。貴女なんて、公爵令嬢とは名ばかりのくせに」
「ちょ、ちょっと、辞めなさいよ」
「はあ?どうして?この女は下賎の産まれなんだから本来は貴族でもなんでもないのよ。それを何故こちらが謙らなければならないの?」
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