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しおりを挟む「そういえば昨日、セロ・アレナトゥアとの婚約の話は無しになった」
「…承知致しました」
朝食の席に、まるで天気の話をするかのようにさらりと父に言われて、ティアリーネはきょとんと目を丸くした。
ああ、そう言えばそのような縁談の話があったわ、と二週間ほど前のことを少女は思い返す。
結局あの後、アレナトゥア侯爵家より謝罪の手紙が早馬で入り、その後侯爵がマスティマリエ家へと直接謝りにもやってきたらしい、とティアリーネは全てが終わったあとに聞いた。
セロのあの日の態度は同年代の少年がとるには幼過ぎるもので、それ以前に貴族としての責務を軽く重んじる傾向があると見なされ、彼は家から一度離されて規律の厳しい寄宿舎に入れられたらしい。と、いうのも後で聞いた。
「もし、今回の件で何か言う者が居たら直ぐにマスティマリエ公爵家の名を使いなさい」
「…承知致しました。
あの、お父様、私の婚約者は決まりますでしょうか?」
「ティアは早くに結婚をしたいのかい?」
「いいえ、特には。けれど、いつかはマスティマリエ家を去らねばならない身ですから嫁ぎ先が早めに決まればとは思っております。レイラミアお姉様も、隣国へと嫁がれますし」
「レイラミアは他国とはいえ相思相愛で嫁ぐのだから良しとして、お前は他所に行くことを許されるだろうかなあ…」
「?」
再びぽかんとティアリーネが父を見つめると、彼は何故かヴァンをジト目で見ていた。そして小さくため息をつくと「いやいいんだ、こちらの話だ」と言われてしまった。
父に見られていた兄は、何食わぬ顔で優雅に朝食を摂っている。ティアリーネの視線に気がつくと、銀色の髪を揺らして首を傾げ見る者を虜にする美しい笑みを浮かべた。
微笑まれれば、ティアリーネも微笑み返す。本人は虐待による後遺症で表情があまり上手く作れないと感じていたが、その無自覚なそっと恥じらいを含む笑みは、見る者を恋に突き落としてきた。そう、ヴァンのように。
「…ティア。僕以外の前でそんな風に笑うのはやめてね」
「…?」
「約束だよ?いい?」
「(よく分からないけれど)分かりました」
「…お前達、早く食事をしてしまいなさい」
無駄にキラキラした笑顔を垂れ流す兄妹に、公爵は再び大きく溜息をついた。自分も目の前の朝食へと向き合いながらーこれからの事を考えると末の娘を多少不憫に思うのだった。
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