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(ヴァン・マスティマリエ視点)4

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 ティアリーネがマスティマリエ公爵家へとやって来て二年の月日が流れた。

 こちらへとやってきて、相変わらず微笑むこともなく言葉は発しないものの、文字を読むことを覚えた少女は本を好むようになった。



「その本、面白い?」



 その日もヴァンが話しかけると、頁を捲る手を止めこくりと少女は頷く。彼女が手にしているのは、少年が選んだ子供の読む図鑑のようなものだった。文字が沢山読めなくても、挿絵でも楽しめるものだ。
 最初の頃はヴァンと一緒に本読みを行った。喋らない少女に対して、少年が文字と意味を読み上げていくという方法だったが、それは功を奏したらしい。元々ティアリーネは地頭が賢いらしく、そのお陰もあって六歳の少女が読むには難しい文字も混ざった代物であるその本も、隅々まで難なく読めているようだった。


 本を読んでいる時の少女の瞳には淡く光が灯り、それが彼女の虹彩の内側で煌めく金の花弁をより顕著に浮かび上がらせるようになった。それはまるで花片の舞う春の空のようで。

 その神秘的な瞳にじっと見入る事が日課になったヴァンは、その日も彼女の傍で学術書を片手に、本に耽けるティアリーネをそっと見つめていた。



 少女が一冊目の本を読み終わり、次の本へと手を伸ばしてその表紙の文字を読んだ時、その表情に変化が起こった。
 大きな目をさらに大きく見開き、じっと文字を見つめている。本を持つ小さな手が微かに震えているように見えるのは気のせいだろうか。ヴァンはティアリーネの表情とその手に持つ本を交互に見た。


【聖女列伝】



 そこには、そう記してあった。




「…興味があるの?」



 ヴァンが声を掛けると、ティアリーネの肩は大きく揺れた。そして大きくかぶりを横に振る。その様子に、ヴァンはずっと心の中で確信が持てずにいたことに漸く答えを出せた気がした。





「…覚えているんだね」

「……」



 それは疑問ではなく、確認だった。少女は強く目を閉じたままでまた横に首を振った。胸に本をかき抱いたまま、けれど細かく震えながらも必死で否定をするかのようにその頑なな態度。





(…それは覚えていると言っているようなものなんだけど)





「…お父様に伝えない方が良い?」


 少し躊躇った後、こくん、と少女は首を縦に振った。


「姉様にも?」


 …こくん。


「誰にも、言わないで欲しいの?」



 …こくん。



「分かったよ。誰にも言わない。だけど覚えておいて欲しいんだ」




 おずおずと視線を上げたティアリーネと、ヴァンの目が合った。この二年、一緒に居てこんなにはっきりと視線を交わしたのは初めてのことで。


 少女の美しい目に自分の姿が映りこんだ事に、何故か胸の鼓動が早くなった事を不可思議に感じながらもヴァンは言った。






「ティアは独りじゃないよ。僕が傍にずっといるから。だから、もしも悲しかったり辛かったりしたら、何時でも僕の元へおいで。」




 ヴァンの言葉に首を少し傾げたティアリーネだったが。徐に、小さく頷いたのだった。







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