22 / 28
(ヴァン・マスティマリエ視点)4
しおりを挟むティアリーネがマスティマリエ公爵家へとやって来て二年の月日が流れた。
こちらへとやってきて、相変わらず微笑むこともなく言葉は発しないものの、文字を読むことを覚えた少女は本を好むようになった。
「その本、面白い?」
その日もヴァンが話しかけると、頁を捲る手を止めこくりと少女は頷く。彼女が手にしているのは、少年が選んだ子供の読む図鑑のようなものだった。文字が沢山読めなくても、挿絵でも楽しめるものだ。
最初の頃はヴァンと一緒に本読みを行った。喋らない少女に対して、少年が文字と意味を読み上げていくという方法だったが、それは功を奏したらしい。元々ティアリーネは地頭が賢いらしく、そのお陰もあって六歳の少女が読むには難しい文字も混ざった代物であるその本も、隅々まで難なく読めているようだった。
本を読んでいる時の少女の瞳には淡く光が灯り、それが彼女の虹彩の内側で煌めく金の花弁をより顕著に浮かび上がらせるようになった。それはまるで花片の舞う春の空のようで。
その神秘的な瞳にじっと見入る事が日課になったヴァンは、その日も彼女の傍で学術書を片手に、本に耽けるティアリーネをそっと見つめていた。
少女が一冊目の本を読み終わり、次の本へと手を伸ばしてその表紙の文字を読んだ時、その表情に変化が起こった。
大きな目をさらに大きく見開き、じっと文字を見つめている。本を持つ小さな手が微かに震えているように見えるのは気のせいだろうか。ヴァンはティアリーネの表情とその手に持つ本を交互に見た。
【聖女列伝】
そこには、そう記してあった。
「…興味があるの?」
ヴァンが声を掛けると、ティアリーネの肩は大きく揺れた。そして大きく頭を横に振る。その様子に、ヴァンはずっと心の中で確信が持てずにいたことに漸く答えを出せた気がした。
「…覚えているんだね」
「……」
それは疑問ではなく、確認だった。少女は強く目を閉じたままでまた横に首を振った。胸に本をかき抱いたまま、けれど細かく震えながらも必死で否定をするかのようにその頑なな態度。
(…それは覚えていると言っているようなものなんだけど)
「…お父様に伝えない方が良い?」
少し躊躇った後、こくん、と少女は首を縦に振った。
「姉様にも?」
…こくん。
「誰にも、言わないで欲しいの?」
…こくん。
「分かったよ。誰にも言わない。だけど覚えておいて欲しいんだ」
おずおずと視線を上げたティアリーネと、ヴァンの目が合った。この二年、一緒に居てこんなにはっきりと視線を交わしたのは初めてのことで。
少女の美しい目に自分の姿が映りこんだ事に、何故か胸の鼓動が早くなった事を不可思議に感じながらもヴァンは言った。
「ティアは独りじゃないよ。僕が傍にずっといるから。だから、もしも悲しかったり辛かったりしたら、何時でも僕の元へおいで。」
ヴァンの言葉に首を少し傾げたティアリーネだったが。徐に、小さく頷いたのだった。
236
お気に入りに追加
273
あなたにおすすめの小説


釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。


踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」
物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。
★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位
2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位
2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位
2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位
2023/01/08……完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる