19 / 28
(ヴァン・マスティマリエ視点)
しおりを挟むヴァン・マスティマリエは、幼い頃より頭の良い少年だった。
将来の公爵として産まれ、同年代の子供達と比べと頭一つ抜き出て賢く、見た目も公爵家の色である銀を纏う美しいヴァンは、すぐに婚約者が決まるものだと皆から思われていた。
けれど、ヴァンの婚約者が決まる前にマスティマリエ公爵家に新しく家族が増えた。
それが、ティアリーネだった。
公爵家にやってきた当初、ティアリーネは感情を全て失っていた。
その娘は四歳だと、少年は聞いていた。その成長の遅れた小さな身体以上に、少女の体の状態は明らかに異常だった。
栄養の行き届かなかったのであろう髪は艶がなくバサバサで灰色に見えるほどに傷み、手足は骸骨のようにやせ細っていた。加えて見えている箇所…額や頬や腕など以外に背中や腹など身体中に残る、何か硬いもので叩かれたり切られたりする事が分かる傷痕。
引き取ることが決まった後に忍ばせていた公爵家の影によると、それは部屋に置いあった木彫りの置物や本で殴られ、食事用に準備されていたナイフやフォークで刺されたり切り付けられたものだという。それらで傷つけられている間、少女は鳴き声ひとつ上げなかったとの事だ。
痛みや恐怖から少女は自分を逃すしかなかったのだろう。濁った硝子玉のような水色の瞳には、外の世界の景色は一切何も映らず、それは彼女を受け入れた公爵家の人間も同様だった。
誰の目から見ても、明確に虐待されて育った少女。当時九歳だったヴァンは初めて間近にその様子を見て、あまりの惨たらさに情けないことに悲鳴を上げそうになったが、それを何とか口の奥で噛み殺した。
ヴァンは初め、父が少女を受け入れると言う話を聞いた時、難色を示した。彼女があの聖女の娘だと聞いていたから。けれど父であるマスティマリエ公爵は、少女を養子とするのは王命であること。そして例え罪人の娘であろうと子どもにはその人物の記憶はなく、そしてただ生まれてきただけで何の罪もないと言った。
けれど、その少女を見た後には彼女を最初に拒絶してしまった事をヴァンは酷く後悔した。本人にその気持ちを見せたわけではなかったが、何も知らない相手に対して先入観で接しようとしてしまった自分を恥じた結果だった。
ヴァンは少女が公爵家へとやってきてから一週間がたった頃、父に恐る恐る聞いた。
「あの、お父様。ぼくの妹に会うことは可能でしょうか?」
「…会いたいのか?」
「はい」
「どういう心境の変化だ?」
『聖女の娘』を受け入れることに苦言を呈していた息子の心の変化に、公爵は片眉を上げた。
少年は頭の良い子だが、少し善悪に対して潔癖な帰来の性格をしている。聖女であったとは言えあの様な女性の子どもを受け入れ難く感じるのは仕方の無い事だろう、と公爵は当初より考えていた。
姉のレイラミアは、少年よりも少しだけ大人であったせいか「その子の生まれは可哀想ね」と最初から同情的で、ティアリーネがやってきたその日に窶れ痩せた少女を見て、涙を流しながらもう大丈夫よ、と無反応な少女に声を掛けていた。
その後ろで、眉を顰めながら何とも言えない表情をしていたヴァン。その子が、会いたいのだと言う。この一週間で何があったのだと公爵はじっと少年を見つめた。
243
お気に入りに追加
274
あなたにおすすめの小説

踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです


強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる