【完結】私が貴女を見捨てたわけじゃない

須木 水夏

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(ヴァン・マスティマリエ視点)

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 ヴァン・マスティマリエは、幼い頃より頭の良い少年だった。

 将来の公爵として産まれ、同年代の子供達と比べと頭一つ抜き出て賢く、見た目も公爵家の色である銀を纏う美しいヴァンは、すぐに婚約者が決まるものだと皆から思われていた。
 
 けれど、ヴァンの婚約者が決まる前にマスティマリエ公爵家に新しく家族が増えた。

 それが、ティアリーネだった。



 公爵家にやってきた当初、ティアリーネは感情を全て失っていた。

 その娘は四歳だと、少年は聞いていた。その成長の遅れた小さな身体以上に、少女の体の状態は明らかにだった。

 栄養の行き届かなかったのであろう髪は艶がなくバサバサで灰色に見えるほどに傷み、手足は骸骨のようにやせ細っていた。加えて見えている箇所…額や頬や腕など以外に背中や腹など身体中に残る、何か硬いもので叩かれたり切られたりする事が分かる傷痕。

 引き取ることが決まった後に忍ばせていた公爵家の影によると、それは部屋に置いあった木彫りの置物や本で殴られ、食事用に準備されていたナイフやフォークで刺されたり切り付けられたものだという。それらで傷つけられている間、少女は鳴き声ひとつ上げなかったとの事だ。

 痛みや恐怖から少女は自分を逃すしかなかったのだろう。濁った硝子玉のような水色の瞳には、外の世界の景色は一切何も映らず、それは彼女を受け入れた公爵家の人間も同様だった。


 誰の目から見ても、明確に虐待されて育った少女。当時九歳だったヴァンは初めて間近にその様子を見て、あまりの惨たらさに情けないことに悲鳴を上げそうになったが、それを何とか口の奥で噛み殺した。




 ヴァンは初め、父が少女を受け入れると言う話を聞いた時、難色を示した。彼女がだと聞いていたから。けれど父であるマスティマリエ公爵は、少女を養子とするのは王命であること。そして例えであろうと子どもにはその人物の記憶はなく、そしてただ生まれてきただけで何の罪もないと言った。


 けれど、その少女を見た後には彼女を最初に拒絶してしまった事をヴァンは酷く後悔した。本人にその気持ちを見せたわけではなかったが、何も知らない相手に対して先入観で接しようとしてしまった自分を恥じた結果だった。




 ヴァンは少女が公爵家へとやってきてから一週間がたった頃、父に恐る恐る聞いた。





「あの、お父様。ぼくの妹に会うことは可能でしょうか?」

「…会いたいのか?」

「はい」

「どういう心境の変化だ?」






 『聖女の娘』を受け入れることに苦言を呈していた息子の心の変化に、公爵は片眉を上げた。
 少年は頭の良い子だが、少し善悪に対して潔癖な帰来の性格をしている。聖女であったとは言え女性の子どもを受け入れ難く感じるのは仕方の無い事だろう、と公爵は当初より考えていた。
 姉のレイラミアは、少年よりも少しだけ大人であったせいか「その子の生まれは可哀想ね」と最初から同情的で、ティアリーネがやってきたその日に窶れ痩せた少女を見て、涙を流しながらもう大丈夫よ、と無反応な少女に声を掛けていた。
 その後ろで、眉を顰めながら何とも言えない表情をしていたヴァン。その子が、会いたいのだと言う。この一週間で何があったのだと公爵はじっと少年を見つめた。









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