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しおりを挟む『お前なんか、産まなければ良かった…!』
空洞のように真っ黒な目がこちらをギョロリと睨みつける。恐怖で縮こまるティアリーネに伸ばされる骨ばった手。
眼前に迫るそれは、枯れた小枝のような見た目からは想像できない程の強い力で、ティアリーネの細い首に絡みつき絞め上げていく。
あっという間に気道を圧迫され、息ができない。
少女は水の中で空気を求めるように、その手から逃れようとバタバタともがいた。
苦しい
こわい
こわい
たすけ
「はあっ!」
喉元を抑えながら、ティアリーネはベッドの上に飛び起きた。起きた瞬間に混濁した意識が明確になり、直ぐに現実がどちらかを教えてくれたけれど。
首を触る自分の手が面白い程に震えていることが分かる。ぽつり、とティアリーネの青白い額から冷えた汗がシーツの上へと垂れ落ちた。
のろのろと顔を動かしカーテンへと目を向けてみると、まだ外は薄暗い。耳を澄ましてみても人の動く気配はどこにも無く、夜中だろうと少女は悟った。
悪夢を見た。
感覚も生々しい、あの人の夢だった。
「…喉が渇いたわ」
誰に返事を求めるでもなくぽつり、掠れた声で呟いた言葉が床の上へと溢れ落ちる。
枕元に置いてある水差しを手に取ろうとして、ふとティアリーネは動きをとめた。
このまま寝直してもまた同じ夢を見るのではないかと思うと、治まっていた動悸がまた少女の胸の深いところを鳴らし始めたから。
フルフルと首を横に振ると、ティアリーネはベッドからゆっくりと身体を滑らせ、室内ばきに足を入れると衣擦れの音をさせないように気をつけながら立ち上がった。
夜の空気は、触れるとひび割れて壊れてしまいそうな程に脆いといつも感じる。だから少女は、空気の隙間を縫うようにそろりそろりと歩みを進める。
足音はたてず息も出来る限り殺して、部屋の扉を外側へと向かって開ける。僅かに軋む音が廊下に響き、夜の冷たい空気がティアリーネの頬を撫でた。
灯りの全て消えた広い廊下には誰の姿もなく、耳が痛くなるほどしん、と静まり返っていた。まるで世界から取り残されてしまったかのような感覚に囚われて。
ティアリーネは小さく身体を震わせると、廊下を西側に向かって歩き始めた。まるで夢を見ているかのように、覚束無い足取りで歩く。足が勝手に目指すのは、少女の部屋とは真反対にある一番奥の部屋だった。
どこまでも続くかと思われる長い廊下を足音なく辿り着き、ティアリーネが扉を叩くまでもなく、それはあっさりと内側から開いた。
「ティア」
自分を安心させるように。静かに優しく呼ぶティアリーネの名を呼ぶその声に、少女は虚ろな視線を相手に向けた。
冷たくなった小さな手に、温かくて大きな手が触れて、そっと握りしめられる。その瞬間に、漸く安堵したように少女の小さな唇から吐息が零れ落ちたのだった。
「ティア、大丈夫だよ」
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