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しおりを挟むセロ・アレナトゥア。
侯爵家の次男であり、ティアリーネよりも2つ年下で格下であるはずのその少年は、無遠慮に言葉を続ける。
「あの女の血を継ぐ者など録でもないと母上にも言われていたし、父上がどうしてもと言うから顔合わせに来ただけでお前とは結婚するつもりなんてなかったんだけど。
でもお前、顔だけは良いから貰ってやっても良いよ。」
「…」
ティアリーネは呆気に取られた。
ここは公爵家の応接間だ。皆気配を消してはいるが周りにはこの名家に忠誠を近い、それを生業として生きている者ばかりがいる状況だ。
ティアリーネは義理の娘ではあるが、公には公爵家の者として在籍している少女にも心を砕いて尽くしてくれている者ばかりの空間で。
「お前良かったな。顔だけでも良く産んでもらえて。これで器量が悪けりゃただの穀潰しだろ」
その悪意をふんだんに含んだ傍若無人な言葉に、ティアリーネの斜め後ろに佇んでいる少女の専属侍女のマリアの手元から『ギリッ』という何かを強く握りしめる音が聞こえてきた。
仕える主を馬鹿にされている、と直ぐに察した扉付近に控えていた騎士の一人が、既に室外へと出てどうやら誰かを呼びに行っているらしい。扉に対し背を向けている少年は気が付いていないけれど。
「まあ、僕と結婚をしたら身を粉にして働くといい。平民の血が混ざった女を貰ってやるんだから有難く思ってもらわないとな。底辺の人間は我武者羅に働くのが好きだろうしそこは安心しろ、きちんと働かせてやるから」
「…それは、アレナトゥア侯爵家総意のお考えなのですか?」
「当たり前だろう?」
「…この婚約は、そちらの侯爵家より打診されたと伺いましたが?」
「はっ?そんな訳ないだろう?
どうせ公爵がお前のような何処の馬の骨とも分からない女を処分する為に、父上にお願いしたに決まっている。じゃなきゃ『偽聖女の娘』なんて誰も欲しがるわけないだろ」
『偽聖女』。
そんな不名誉な名前を持っていたのかあの人は、とティアリーネは少し驚いた。
少し目を見開いた少女が傷ついたと思ったのか、口元を歪めたセロは面倒臭そうに溜息をついた。
「なんだ、お前知らなかったのか?高位貴族は皆知ってるよ。お前が力のない平民の『偽聖女』の産んだ鼻摘だということをな。
はあ、なんで将来有望な僕がお前なんかを嫁にしなくちゃならないんだよ」
「ではこの縁談はなかったことに致しましょう」
「はあ?強がるなよ?僕みたいな優良物件はそうはいないぞ。せっかく使ってやろうと言っているのに気の利かないやつだな」
この言い方は、恐らく彼の父であるアレナトゥア侯爵に似ているのだろう。十二歳の少年の考えだけではこうはならない。
子は親の背中を見て育つ。侯爵家ではどうやら、ティアリーネを公爵家の令嬢として扱っていないということが良く分かった。
(確かに、私はそう言われてもおかしくない人間ではあるけど)
あの人の子である自分が幸せでいる今に対して、ティアリーネは疑問を抱く日も多い。
それでも自ら進んで受けなくても良い悪意の中に身を投じる様な事はしない。そんな事をする必要性は無いのだから。
「…申し訳ございませんが、父にはこのお話は無かったことにという事で返答させていただきます」
「はっ!生意気だな。お前は黙って僕の言うことを聞けば良いんだ!これだから頭の悪い汚れた血は」
「─汚れた血とは、我が妹に対しての言葉か?」
「っ!」
突然自分の後方から響いた低く氷のように冷たい声に、セロの身体は大きく跳ねた。そして恐る恐るといった風にティアリーネの目の前で背後に向けて身体を捻った。
そこに立っていたのは、冷え切った瞳で射抜くようにセロを見つめるヴァンだった。
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