【完結】私が貴女を見捨てたわけじゃない

須木 水夏

文字の大きさ
上 下
7 / 28

7

しおりを挟む



 セロ・アレナトゥア。
 侯爵家の次男であり、ティアリーネよりも2つ年下でであるはずのその少年は、無遠慮に言葉を続ける。






の血を継ぐ者など録でもないと母上にも言われていたし、父上がどうしてもと言うから顔合わせに来ただけでお前とは結婚するつもりなんてなかったんだけど。
 でもお前、顔だけは良いから貰ってやっても良いよ。」

「…」




 ティアリーネは呆気に取られた。
 ここは公爵家の応接間だ。皆気配を消してはいるが周りにはこの名家に忠誠を近い、それを生業として生きている者ばかりがいる状況だ。
 ティアリーネは義理の娘ではあるが、公には公爵家の者として在籍している少女にも心を砕いて尽くしてくれている者ばかりの空間で。





「お前良かったな。顔だけでも良く産んでもらえて。これで器量が悪けりゃただの穀潰しだろ」






 その悪意をふんだんに含んだ傍若無人な言葉に、ティアリーネの斜め後ろに佇んでいる少女の専属侍女のマリアの手元から『ギリッ』という何かを強く握りしめる音が聞こえてきた。
 仕える主を馬鹿にされている、と直ぐに察した扉付近に控えていた騎士の一人が、既に室外へと出てどうやら誰かを呼びに行っているらしい。扉に対し背を向けている少年は気が付いていないけれど。





「まあ、僕と結婚をしたら身を粉にして働くといい。平民の血が混ざった女を貰ってやるんだから有難く思ってもらわないとな。底辺の人間は我武者羅に働くのが好きだろうしそこは安心しろ、きちんと働かせてやるから」

「…それは、アレナトゥア侯爵家総意のお考えなのですか?」

「当たり前だろう?」

「…この婚約は、そちらの侯爵家より打診されたと伺いましたが?」

「はっ?そんな訳ないだろう?
 どうせ公爵がお前のような何処の馬の骨とも分からない女を処分する為に、父上にお願いしたに決まっている。じゃなきゃ『偽聖女の娘』なんて誰も欲しがるわけないだろ」






 『偽聖女』。

 そんな不名誉な名前を持っていたのかは、とティアリーネは少し驚いた。
 少し目を見開いた少女が傷ついたと思ったのか、口元を歪めたセロは面倒臭そうに溜息をついた。




「なんだ、お前知らなかったのか?高位貴族は皆知ってるよ。お前が力のない平民の『偽聖女』の産んだ鼻摘だということをな。
 はあ、なんで将来有望な僕がお前なんかを嫁にしなくちゃならないんだよ」

「ではこの縁談はなかったことに致しましょう」

「はあ?強がるなよ?僕みたいな優良物件はそうはいないぞ。せっかく使ってやろうと言っているのに気の利かないやつだな」





 この言い方は、恐らく彼の父であるアレナトゥア侯爵に似ているのだろう。十二歳の少年の考えだけではこうはならない。
 子は親の背中を見て育つ。侯爵家ではどうやら、ティアリーネを公爵家の令嬢として扱っていないということが良く分かった。




(確かに、私はそう言われてもおかしくない人間ではあるけど)




 の子である自分が幸せでいる今に対して、ティアリーネは疑問を抱く日も多い。
 それでも自ら進んで受けなくても良い悪意の中に身を投じる様な事はしない。そんな事をする必要性は無いのだから。


 


「…申し訳ございませんが、父にはこのお話は無かったことにという事で返答させていただきます」

「はっ!生意気だな。お前は黙って僕の言うことを聞けば良いんだ!これだから頭の悪い汚れた血は」

「─汚れた血とは、我が妹に対しての言葉か?」

「っ!」




 突然自分の後方から響いた低く氷のように冷たい声に、セロの身体は大きく跳ねた。そして恐る恐るといった風にティアリーネの目の前で背後に向けて身体を捻った。

 そこに立っていたのは、冷え切った瞳で射抜くようにセロを見つめるヴァンだった。












 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この恋は幻だから

豆狸
恋愛
婚約を解消された侯爵令嬢の元へ、魅了から解放された王太子が訪れる。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

もう彼女の夢は見ない。

豆狸
恋愛
私が彼女のように眠りに就くことはないでしょう。 彼女の夢を見ることも、もうないのです。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」 物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。 ★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位 2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位 2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位 2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位 2023/01/08……完結

処理中です...