5 / 28
5
しおりを挟む目に入ってくるのは、フラフラと幽鬼のように、カーテンもベッドもボロボロに朽ち果てている室内をうろつきながら、金切り声で泣き叫ぶ女。
床に落ちた、食事だったものの残骸。
耳鳴りがする。頭が痛い。すすり泣いているのは、自分なのか。
『何で私がこんな目に?お前を産んだから?
冗談じゃないわ。私は聖女なのよ!』
『アンドリューはどうして私を迎えに来ないの?子供を産んだのよ!?私は貴方の子供を、痛かったけど、死ぬかと思ったけど必死でっ!産んだのにっ…!!』
『私は王妃になる女なのよ?!アンドリュー!貴方の血を引いた娘がここにいるわ!迎えに来なさいよ!』
『なによ…ふざけないでよ…。こんな事になるならあんな人、好きになるんじゃなかった』
『お前なんか、産むんじゃなかった』
骨ばった手が、自分へと伸ばされて。
「っ!」
チチチ、と外で聞こえてくる小鳥のさえずりに。温かいベッドの中で大きく目を見開いたティアリーネは、知らぬ間に止めていた呼吸を解放して、ほっと息をついた。ベッドから起き上がると、小さな手で顔を覆い。
「また、あの夢…」
「ティア、お早う」
「ヴァンお兄様、おはようございます」
「僕の姫君は今日も可愛らしいね」
朝食へと向かう廊下にて呼ばれて振り返ると、にっこりと笑顔でこちらに向かって歩いてくる美青年に、ティアリーネは微笑を浮かべた。
ヴァン・マスティマリエ公爵令息。マスティマリエ家の嫡男。十九歳。
レイラミアが薔薇の大華だとすると、ヴァンは月夜にひっそりと咲く木蓮のような美しさを持つ男だった。
父親と同じ銀髪に母の色である深い青い瞳、優美な顔立ち。
女性に好かれる見た目で王太子の側近をしているのにも関わらず、まだ婚約者は居らず、各所より持ち込まれる婚約話ものらりくらりと躱していて、父にせっつかれている事をティアリーネは知っている。
いつも飄々としている兄は、少女の前に立ちどまり、ティアリーネの顔を改めて近くで見て、形の良い眉を心配そうに寄せた。
「ティア?もしかして眠れていないの?」
「え?」
「なんだか、寝不足のように見えるよ」
ヴァンの指摘に、ティアリーネはパッと自分の目の下に手をやった。朝起きた時も少し隈が出来ているように感じ化粧で隠し出もらったのだが、上手くいかなかったのだろうかと思い。そんな少女の手をヴァンは優しくとった。
「綺麗にお化粧されているよ。大丈夫」
「そう、ですか」
頬を赤く染めるティアリーネに、ヴァンは優しく微笑むとそのまま手を取って歩き始めた。
「学園はどうだい?友達はできた」
「…同じ派閥の方に気をかけて頂いております」
「なるほど。心を許せるような相手はいない?」
「…ご心配をお掛けてして申し訳ございません」
「んーん、僕が勝手に気にしてるだけ。ティアはこんなに可愛いのにね。可愛いからこそ周りが近寄り難いのかな?」
「そんなことは」
「あるよ。君は僕のお姫様だからね、誰よりも大事な」
ティアリーネは、いつもヴァンの言葉や態度を擽ったく感じている。女性に対しての扱いが上手すぎるのが問題ね、と思いながら兄妹は並んでダイニングへと入っていった。
238
お気に入りに追加
273
あなたにおすすめの小説

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。


聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。


踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」
物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。
★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位
2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位
2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位
2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位
2023/01/08……完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる