君の小さな手ー初恋相手に暴言を吐かれた件ー

須木 水夏

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突然の出来事

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「貴女に甘えていること、貴女を傷つけていること、婚約者殿も気がついてるはずなのに…。お子様よねえ…」
「お子様…」
「そうよ。婚約者殿は子どもなのよ。貴女が出会った頃から成長していないの。
 今の貴女を見て、ブスなんていう男はその人くらいでしょう?貴女、社交界で『真珠姫』なんて愛称で呼ばれるくらい美しいのに。」



 ディアはこの国ではさして珍しくもなく地味な色をしている。されど、元々の顔立ちは整っていて、レオンほどの精巧さはないが、この十年あまりで可憐な美女へと変貌していた。
 彼女が地味だと気にしていた薄茶色の髪は毎日のブラッシングや手入れによって水のように艶やかに流れ、長い睫毛に囲まれた大きな瞳は夢を見ているように光がキラキラと滲む。
 透き通るような白い肌に頬や指先は甘く色づき、丁寧に磨かれた宝石のような柔らかな美しさは、周りの羨望を集めるほどとなっているというのに。
 まだ、と言われる。
 ディアは小さく溜息を零すと、その美しい顔に悲しげな笑みを浮かべた。




「…好きな人に認めてもらえないなら、意味なんてない事なんだって痛感してるわ」
「そんな事ないわよ。もし今婚約解消をしたらきっと各所から申し込みが殺到するでしょうね」
「そんな事ないわ。私はブスで気が利かなくてノロマらしいし」
「まあ!それあの男が言ったの?!有り得ない…。ディア、貴女本当に良く我慢していたわね。いえ、その前に良く恋心を保てたわね…」
「…『初恋』って呪いみたい。」
「呪い、ねえ。」


 すっかりと肩を落としてしまったディアを見ながら、サーシャは呟くように言った。


「プライドが邪魔をしてよっぽどの事がない限り取り消せないのね…。」











 と、言っていた矢先の出来事だった。


 
 その知らせは、サーシャと話した翌日、ディアが学園から帰ってきた後にやってきた。
 前日の話で気持ちが落ち込んだまま、室内着に着替えを済ませ、学園での勉強の復習をしながら寛いでいると、にわかに屋敷の中が騒がしくなった。なんだろうとディアが疑問に思っていると、唐突に私室の扉がノックされる。
 ディアが返事をすると、お付の侍女であるアリサが真っ青な顔を覗かせた。


「どうしたの?」
「お嬢様!レオン様が落馬をされたそうです!」
「え?!」



 思わず立ち上がったディアは、手元からインクペンが転がり落ちたのにも気づかず、慌ててアリサに駆け寄った。彼女のお仕着せを掴む指先が震える。


「ど、どういう事なの?」
「そ、それが、詳しいことは…。兎に角お嬢様を呼ぶようにと旦那様が」


 それを聞いたディアは、取るものも取らず階下に急いだ。淑女としては端ない行為ではあったが、今はそれどころでは無い。
 階段下の広間には執務室で仕事中だった父が立っていて、忙しなく行き来しているのが見え、少女は階段を駆け下りながら叫んだ。


「お父様!」
「おお、ディア」
「な、何があったのです?レオン様はご無事なのですか?」
「ああ、その事でな。今すぐ公爵家へと向かいなさい。」
「今すぐ?そ、そんなに容態が良くないのですか?」
「あ、ああ、まあ…」
「分かりました!アリサ、馬車を用意して!」
「既に手配しております!こちらへ…」
「ありがとう。お父様、行ってまいります…!」


 挨拶もそこそこに玄関へと駆けてゆく少女に、父は何とも言えない顔をしながら「気をつけてな…」と呟くように言ったが、それはディアには聞こえていなかった。





 
(落馬…?レオン様、そんな…!)



 馬車の中でもディアの頭の中はレオンの容態の事でいっぱいだった。傷付けられた仕返しにレオンは顔だけだ、なんて言っていたが、運動神経もかなり良かったことをディアは知っていた。
 けれど、どんなに素晴らしい能力を持っていても馬から落ちて打ちどころが悪ければ死んでしまうことだってある。
 そんな事は馬鹿なことは起こらない、と思おうとしてもディアの身体は震え、涙が溢れてくるのを止められなかった。
 震える指先をどうにか治めようとギュッと強く両手をにぎりしめて、そしてその中でやはり自分はまだレオンの事が心底好きだと突きつけられてしまうのだ。


(本当に馬鹿みたいよね。あんな遠い昔の、あの一瞬の時間をずっと思い続けるなんて…)

 レオンの元々の優しく明るい性質を知っているから。母親が亡くなった後の傷付いた心にも触れているから。
 もしも、ディアに対しては素直になれないというのなら、サニーのように素直に微笑み合える相手を見つけてくれたら良いと思う。彼が幸せになるのなら、ディアは胸の痛みを誤魔化す事だって出来るだろう。幸せを素直に祈ってしまうほど、愚かにも彼の事を愛しているのだから。無理にディアと結ばれる必要なんかないのだ。その事を、レオンに言わなくてならなかったのに。まさか、こんな事になるなんて。




(神様…!どうか、どうかレオン様をお助け下さい…!)
 


 


 そして、不安に苛まれながらもたどり着いた公爵家。入口で待っていた家令に案内されるままに、連れていかれたレオンの部屋にて。









「今まで…本当にすまなかった」
「……」



 頭に包帯を巻き、頬にガーゼを貼ったレオンが、悲痛な顔をして謝ったのをこの十年で初めて目の当たりにしたディアは、返事をすることが出来ず固まってしまったのだった。














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