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惚れた者負け
しおりを挟む「…その日、初めて会った訳ではなかったの」
「…それは婚約者になった日が、ということ?」
「ええ。その少し前に、レオン様とお会いしているの。…レオン様は覚えてらっしゃらなかったけど」
その日のことは良く覚えている。それも6歳の時だったから。
婚約者として紹介されるその前にディアとレオンは出会っていたのだ。父に連れられ公爵家へと向かう一ヶ月ほど前の事だった。
ディアはその日、貴婦人の務めである寄付の為に教会を訪問していた母に連れられていた。
『暫くここでお祈りをしていなさい。お母様は司祭様にご挨拶してくるわね』
『はい』
修道者の女性に案内され、通された教会の中はひんやりとしていたけれど、春の初めの温かな光がステンドグラスから差し込み、柔らかに教会の床へと落ちていた。
小さな手を組み、その美しい色彩に見入っていた幼いディアは、ふと自分と同じ椅子の列に座る子どもの姿を見つけた。
透けてしまいそうな白い頬に、宝石のように煌めく青く澄んだ瞳。金色の柔らかそうな髪は耳の横で切りそろえられている。精巧な人形のような美しさに、ディアは思わず息を飲んだ。
じっと惚けたように見とれていたディアに気がついたのか、お祈りをしていたその子供は少女へと視線を向けた。そしてにこっと人好きのする顔で笑ったのだ。その顔を見て、ディアは頬を染めた。
その笑顔の可愛らしさにときめき、そしてあまりにも美しかった為にきっと人間ではないとディアは真剣に思った。だから、恐る恐る小さな声で問いかけた。
『てんしさま…?』
『てんし?ぼくが?違うよ』
ぼく、という言葉とその後の快活な笑い方で、その時になって目の前の子が男の子であるということに気がつき、ディアは二度吃驚した。
『きみもお祈りに来たの?』
『…うん』
母に着いてきただけだけど、お祈りはしているので間違いではないだろう。もじもじしながら頷くディアに、レオンはにこりと再び微笑んだ。
『そう!ぼくもなんだ。あったかくてきもちがいいよね、この光』
『うん!』
『ぼくね、この光が好きでよくここに来るんだ』
『そうなんだ。きれいだねえ』
『ねー、きれいだね。ぼくのお母さまもここがだいすきなんだよ』
『そうなのね』
ステンドグラスの光の中で、たわいも無いことを二人で話していた。自分達の上に注がれる神秘的な陽光は、どこまでも柔らかくキラキラしていて。まるで二人が出会えたことの奇跡を祝福してくれているようだった。
『また会えたらいいね』
そう言って少年と笑顔で別れた。母が帰ってくるのを待っている間のほんの一時に、ディアはレオンに恋にをしたのだ。
そして一ヶ月後、その魔法のような時間を過ごした相手が、自分の婚約者だと知った時、ディアは本当に嬉しかった。なのに、彼はディアの顔を見た瞬間に暴言を吐いたのだ。
「…そうだったの。」
「お義姉様に聞いたのだけど、レオン様は元々良く笑う方だったそうなの。でも婚約が整った頃、大好きだった彼のお母様を亡くされたの。」
「まあ…」
「元々病弱だったお母様の為に、あの教会でお祈りを捧げていたのですって。あの場所で出会った時も、寝たきりになっておられたお母様の代わりにお祈りに来ていたそうなの。そしてその一ヶ月以内には…。
きっと当時のレオン様は悲しさで胸がいっぱいだったのに、周りがどんどん進んでゆく状況がお嫌だったのかもしれないわ。それこそ、孤独に思うほどに。
でもその気持ちを実のお父様様には言えない、お姉様にも言えない。そこに現れた自分より弱い存在の私を攻撃する事でしか、自分を保てなかったのではないかしらと、今となっては思っているの。」
「…そうだったとしても、長い八つ当たりね。」
「きっとね。最初の内はそうだったのだろうけれど、今はそれが当たり前になってしまったのかなって」
言いながら、またディアの目から大粒の涙が零れ落ちた。
「理由があるにせよ、貴女を傷つけて良い理由にはならないと思うけど」
「そうね、私もそう思う。でもね、教会で会った時のレオン様が忘れられなくて。」
「そう…。」
「私も悪かったのよ。レオン様の言葉に対して長い間言い返さなかったのだもの。
…でも、もう無理だったわ。これだけ会う度に言われ続けていると、とても辛くて」
「いやいや、それは当たり前よ。長い間よく我慢したものよ?わたくしも貴女の根性を見習うべきね。とは言えディアは我慢し過ぎだと思うけれど。」
ヒックヒックと泣き声をあげるディアに、サーシャは慰めの言葉をかけた。
サーシャはこの学園でディアと出会った頃から、彼女がずっとレオンに恋を知っていた。彼女と話していると、よく話題に上がってくるディアの婚約者。
また嫌な事を言われたと落ち込む少女に、青と金色は自分には似合わないのか?と不安げに聞いてくるその顔に、容姿を少しでも磨こうと努力する姿に、見知らぬ女と親しくしていたと言って諦めたような表情に。
どのディアも確実に彼に恋をしていたけれど、相手に認めて貰えない悲しさが、彼女の心の容器から今にも溢れだしてしまいそうだったのに十一年も我慢したのだ。もうこれ以上は頑張れないというディアは、本当にもう無理なのだろうとサーシャは思った。
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