4 / 8
惚れた者負け
しおりを挟む「…その日、初めて会った訳ではなかったの」
「…それは婚約者になった日が、ということ?」
「ええ。その少し前に、レオン様とお会いしているの。…レオン様は覚えてらっしゃらなかったけど」
その日のことは良く覚えている。それも6歳の時だったから。
婚約者として紹介されるその前にディアとレオンは出会っていたのだ。父に連れられ公爵家へと向かう一ヶ月ほど前の事だった。
ディアはその日、貴婦人の務めである寄付の為に教会を訪問していた母に連れられていた。
『暫くここでお祈りをしていなさい。お母様は司祭様にご挨拶してくるわね』
『はい』
修道者の女性に案内され、通された教会の中はひんやりとしていたけれど、春の初めの温かな光がステンドグラスから差し込み、柔らかに教会の床へと落ちていた。
小さな手を組み、その美しい色彩に見入っていた幼いディアは、ふと自分と同じ椅子の列に座る子どもの姿を見つけた。
透けてしまいそうな白い頬に、宝石のように煌めく青く澄んだ瞳。金色の柔らかそうな髪は耳の横で切りそろえられている。精巧な人形のような美しさに、ディアは思わず息を飲んだ。
じっと惚けたように見とれていたディアに気がついたのか、お祈りをしていたその子供は少女へと視線を向けた。そしてにこっと人好きのする顔で笑ったのだ。その顔を見て、ディアは頬を染めた。
その笑顔の可愛らしさにときめき、そしてあまりにも美しかった為にきっと人間ではないとディアは真剣に思った。だから、恐る恐る小さな声で問いかけた。
『てんしさま…?』
『てんし?ぼくが?違うよ』
ぼく、という言葉とその後の快活な笑い方で、その時になって目の前の子が男の子であるということに気がつき、ディアは二度吃驚した。
『きみもお祈りに来たの?』
『…うん』
母に着いてきただけだけど、お祈りはしているので間違いではないだろう。もじもじしながら頷くディアに、レオンはにこりと再び微笑んだ。
『そう!ぼくもなんだ。あったかくてきもちがいいよね、この光』
『うん!』
『ぼくね、この光が好きでよくここに来るんだ』
『そうなんだ。きれいだねえ』
『ねー、きれいだね。ぼくのお母さまもここがだいすきなんだよ』
『そうなのね』
ステンドグラスの光の中で、たわいも無いことを二人で話していた。自分達の上に注がれる神秘的な陽光は、どこまでも柔らかくキラキラしていて。まるで二人が出会えたことの奇跡を祝福してくれているようだった。
『また会えたらいいね』
そう言って少年と笑顔で別れた。母が帰ってくるのを待っている間のほんの一時に、ディアはレオンに恋にをしたのだ。
そして一ヶ月後、その魔法のような時間を過ごした相手が、自分の婚約者だと知った時、ディアは本当に嬉しかった。なのに、彼はディアの顔を見た瞬間に暴言を吐いたのだ。
「…そうだったの。」
「お義姉様に聞いたのだけど、レオン様は元々良く笑う方だったそうなの。でも婚約が整った頃、大好きだった彼のお母様を亡くされたの。」
「まあ…」
「元々病弱だったお母様の為に、あの教会でお祈りを捧げていたのですって。あの場所で出会った時も、寝たきりになっておられたお母様の代わりにお祈りに来ていたそうなの。そしてその一ヶ月以内には…。
きっと当時のレオン様は悲しさで胸がいっぱいだったのに、周りがどんどん進んでゆく状況がお嫌だったのかもしれないわ。それこそ、孤独に思うほどに。
でもその気持ちを実のお父様様には言えない、お姉様にも言えない。そこに現れた自分より弱い存在の私を攻撃する事でしか、自分を保てなかったのではないかしらと、今となっては思っているの。」
「…そうだったとしても、長い八つ当たりね。」
「きっとね。最初の内はそうだったのだろうけれど、今はそれが当たり前になってしまったのかなって」
言いながら、またディアの目から大粒の涙が零れ落ちた。
「理由があるにせよ、貴女を傷つけて良い理由にはならないと思うけど」
「そうね、私もそう思う。でもね、教会で会った時のレオン様が忘れられなくて。」
「そう…。」
「私も悪かったのよ。レオン様の言葉に対して長い間言い返さなかったのだもの。
…でも、もう無理だったわ。これだけ会う度に言われ続けていると、とても辛くて」
「いやいや、それは当たり前よ。長い間よく我慢したものよ?わたくしも貴女の根性を見習うべきね。とは言えディアは我慢し過ぎだと思うけれど。」
ヒックヒックと泣き声をあげるディアに、サーシャは慰めの言葉をかけた。
サーシャはこの学園でディアと出会った頃から、彼女がずっとレオンに恋を知っていた。彼女と話していると、よく話題に上がってくるディアの婚約者。
また嫌な事を言われたと落ち込む少女に、青と金色は自分には似合わないのか?と不安げに聞いてくるその顔に、容姿を少しでも磨こうと努力する姿に、見知らぬ女と親しくしていたと言って諦めたような表情に。
どのディアも確実に彼に恋をしていたけれど、相手に認めて貰えない悲しさが、彼女の心の容器から今にも溢れだしてしまいそうだったのに十一年も我慢したのだ。もうこれ以上は頑張れないというディアは、本当にもう無理なのだろうとサーシャは思った。
459
お気に入りに追加
325
あなたにおすすめの小説

さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

旦那様は私より幼馴染みを溺愛しています。
香取鞠里
恋愛
旦那様はいつも幼馴染みばかり優遇している。
疑いの目では見ていたが、違うと思い込んでいた。
そんな時、二人きりで激しく愛し合っているところを目にしてしまった!?
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

婚約者は幼馴染みを選ぶようです。
香取鞠里
恋愛
婚約者のハクトには過去に怪我を負わせたことで体が不自由になってしまった幼馴染がいる。
結婚式が近づいたある日、ハクトはエリーに土下座して婚約破棄を申し出た。
ショックではあったが、ハクトの事情を聞いて婚約破棄を受け入れるエリー。
空元気で過ごす中、エリーはハクトの弟のジャックと出会う。
ジャックは遊び人として有名だったが、ハクトのことで親身に話を聞いて慰めてくれる。
ジャックと良い雰囲気になってきたところで、幼馴染みに騙されていたとハクトにエリーは復縁を迫られるが……。

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前
地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。
あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。
私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。
アリシア・ブルームの復讐が始まる。

【完結】精神的に弱い幼馴染を優先する婚約者を捨てたら、彼の兄と結婚することになりました
当麻リコ
恋愛
侯爵令嬢アメリアの婚約者であるミュスカーは、幼馴染みであるリリィばかりを優先する。
リリィは繊細だから僕が支えてあげないといけないのだと、誇らしそうに。
結婚を間近に控え、アメリアは不安だった。
指輪選びや衣装決めにはじまり、結婚に関する大事な話し合いの全てにおいて、ミュスカーはリリィの呼び出しに応じて行ってしまう。
そんな彼を見続けて、とうとうアメリアは彼との結婚生活を諦めた。
けれど正式に婚約の解消を求めてミュスカーの父親に相談すると、少し時間をくれと言って保留にされてしまう。
仕方なく保留を承知した一ヵ月後、国外視察で家を空けていたミュスカーの兄、アーロンが帰ってきてアメリアにこう告げた。
「必ず幸せにすると約束する。どうか俺と結婚して欲しい」
ずっと好きで、けれど他に好きな女性がいるからと諦めていたアーロンからの告白に、アメリアは戸惑いながらも頷くことしか出来なかった。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください
迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。
アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。
断るに断れない状況での婚姻の申し込み。
仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。
優しい人。
貞節と名高い人。
一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。
細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。
私も愛しております。
そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。
「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」
そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。
優しかったアナタは幻ですか?
どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる