君の小さな手ー初恋相手に暴言を吐かれた件ー

須木 水夏

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婚約解消は?

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 17歳になった時、ディアは黙りが続いているお茶会の席で、レオンに初めて自分から提示した。


「婚約を解消してはどうか?」と。


 年齢的にはギリギリ。
 レオンはまだ良いかもしれないがディアはアウト寄りのセーフ、と言ったところだろうか。
 侯爵家の長女、今から結婚相手を探すともしかしたら売れ残りしか残っていない可能性は無きにしも非ずだったが、まあ父が何とか上手く探してくれるだろう。それよりも、こんなに歩み寄れない二人なのだ。
 もう疲れた。色々と考える事も、こうして会って黙っている時間を過ごす事も。
 もうそろそろ解消しても良いだろうと、正直に伝えたのにも関わらず。




「有り得ない」



 と、一言いわれた。ここでまさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかったディアは大いに動揺した。思わず、


「貴方にはサニーさんがいらっしゃるでしょう?」

と言い返すと、レオンは目を眇めて、


「サニー?ああ、あの夜会のあれか。あれは、隣国の従妹だ。そういう関係じゃないし、そんな気持ちは微塵もない。」

と言い返してきた。その言葉にディアは困惑した。


 そうかしら。
 従妹って。従妹でもでも結婚できるじゃない。
 貴方が私のを話せる相手で、私よりもかなりの美人なんだから、あんたがブスだって蔑んでる女から解放してあげようとしてるのに、とディアが憮然としていると、レオンはフン、と鼻で笑った。



「なんだ?あの事でまだ嫉妬していたのか。みにく…」
バチーン!!


 レオンが全て言い終わる前に、気がついたらディアは彼の頬を思いっきりひっぱたいていた。そしてめいっぱいの声で叫んでいた。


「嫉妬?貴方のような私を蔑んで来る方に?私は貴方が大嫌いです!早く婚約解消してください!」

 と。
 温室の扉のところにいた侍女が慌ててこちらにやって来たのを見て、ディアは固まってしまったレオンに「ごめんあそばせ」
と一言だけつっけんどんに言うと、その場を後にした。










「...って事がありましてねえ」 
「思い切ったわね」



 学園のお昼休み、休み中に起こったことを友達のサーシャに話すと、呆れた顔で見られた。
 だって、とディアはため息をつく。



「子どもの頃から散々容姿を貶してきた相手なのだからもう良いじゃない?サニーさんとやらと婚約でも結婚でもすればいいと思うの。そのチャンスを与えてあげているのにどうしてなのかしら?」
「…わたくしにはディアの婚約者殿の気持ちは推し量れないけれど、その、彼はディアに好かれていると思っていたって事でしょう?」
「…どう勘違いしたらそうなるの?馬鹿なのかしら?」



憤るディアに、サーシャは苦笑いを浮かべた。



「私に言わないでくださる?

…でも、そんな風に感情的になってまったらを指したと思われてしまったのじゃないの?」
「…図星?」


 サーシャの言葉にディアはきょとんとした。そして、言葉の意味を咀嚼しようとして、はあ?と首を傾げた。


「貴女もしかして、私がレオン様の事を好いてるとでも言うの…?」
「あら、違うのかしら?だってそうじゃない?」

 サーシャはじっとディアの瞳を見つめる。


「ディア、貴方。幼い頃に会った時に婚約者殿に一目惚れしたのでしょう?暴言を吐かれる前よ。」
「……」
「だってディア。貴女は今だって婚約者殿の色をつけているわよ?それが何よりも詭弁に貴女の気持ちを語っていると思わない?」




 
 その言葉にディアは呼吸をとめた。そして、毎日のように選んでいるリボンやブローチや手袋、服の色に思いを馳せる。
 考え込みながら少女の指が知らず知らずのうちに髪のサイドに編み込んだ金糸で縁どりされた青色の光沢のあるリボンに触っているのを、サーシャはじっと見つめていた。

 それは、ディアが自ら選び身につけた物で。

 暴言を吐かれるまでの本の一瞬。確かにディアはレオンを美しい、絵本の中の天使のようだとは思ったけれど。あまりの美しさに魅入ってしまったのは本当のことだけれど。


「違うの、これは。これは…癖で」
「癖?」
「そうよ。子どもの頃からずっとこの色がいいと…思っていたから」
「青色や金色が好きなの?」
「そ、そうよ、元々好きなの!」


 そう言いながら、元々好きだった色は本当にその色だったのかとディアは考えた。子どもの頃から好んで身につけていたのは、こんな濃い青色や金色ではなくもっと淡い色のものだったはずだ。それが何故、この色なのか。

 黙り込んだディアにサーシャがそっと、問いかけるように言葉をかけた。


「…嫌いだったら、他の女性と親しくしている所を見ても泣いたりしないわよ?」
「泣いて…た?私が?」
「泣いてたわよ。あの夜会の日、わたくしも入口付近に居たのだから見てたわ。貴女、走りながらとっても悲しそうな顔をして泣いてた…あらやだ、泣かないでよ。」


 その夜の事を思い出したのか、ぽろりとディアの目から透明な雫がこぼれ落ち、それに気がついたサーシャは困ったように眉尻を下げた。
 ディアは自分の涙に驚いて、慌てて頬を押えた。


「な、泣いていないわ」
「泣いているわよ。貴女があんまり傷ついていて疲れきっているものだから言わないようにしていたけれど。ディア、あなたは心底レオン様に恋してるのね」
「してないわ…」
「そうかしら?
 容姿を貶されて傷つくのは当たり前よね?それは分かるんだけど。
 でもわたくしだったらいくら家同士の付き合いとは言え、月に四度もお茶会を開こうなんて思わないわよ。会いたかったんでしょう?
 会う度に、相手の色をきちんと身につけて、髪も爪も服も、目いっぱい可愛くしてなんて、好きじゃなきゃ出来ないわ。」


 ボロボロと涙を零し続けるディアの頬にサーシャはそっとハンカチを当てた。


「11年間恋をし続けているのね、ディア。
 そんな人の容姿をとやかく言う男のどこがいいのかわたくしには分からないけれど」






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