竜の箱庭(短編集)

須木 水夏

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 真っ暗だ。


 唐突として意識が戻った時、私は暗闇の中に取り残されていた。周りを見渡しても何も見えない。
 静かで、どこまで続くのかも分からない夜よりも深い闇の中で、何かにもたれかかって座り小さく呼吸を繰り返していた。
 けれど、自分と同じような呼吸音が聞こえている事に直ぐに気がついた。そこに居るのかも、直ぐに解った。






「…だいじょうぶ?」


 不思議な音のが闇の中に響いた。硬質な、けれど優しい声。
 

「…うん。」


 自分の声も、水の中にいて、何処か遠くで聞こえて来ているようなそんな風に耳に届いた。

 でも分かる。この声は


 不意に涙が込み上げそうになって、きつく唇を噛み締め我慢した。

 いた。そこにはいた。



「…多分もう、は開かないね。」

「…そうだね。」

「…こわい?」

「ううん。」




 怖くはなかった。君がいたから。



 背中に繋がれた太い命の紐電源コード。真っ暗闇に響く、微かな水の音。

 自分達が人間によって彼ら人間を模した形の、そして一番直近に造られた生命体でありである事。今いる空間がその施設内の遥か一万メートルの地下である事。このの最後の切り札として、置いておかれていた存在である事。

 そして。

 施設の外の世界で人間達が争い合い、この施設への出入口も爆破で閉鎖された事も、電源の入らない重たい鉄鋼の扉は一筋縄では開かない事も、の世界にいたから背中の部分で意識の記憶共有された私達はここで目を開けた時から既に知っていた。

 電気の供給は止まり、今は施設内の自家発電で賄われているのだろう。けれど、恐らくそれもその内に停止する。自分達もそのまま永遠の眠りにつくのかもしれない。
 だから、その前に。


「ねえ」

「なあに?」

「手を繋いでもいい?」



 そう私が問うた相手から、一瞬言葉は返ってこなかったけれど。



「…いいよ」



 カシャン、と何かが外れる音がして、自分の右隣から手が伸ばされる音がした。なのでその方向に自分も手を伸ばす。手枷となっていた鉄の腕輪は簡単に外れて、こちらからも同じ音が響いた。コロコロと地面に鎖の輪が転がってゆく。

 カツン

 お互いの触れる指先や掌に感覚は無いけれど、温かい気持ちが胸に灯った。
 この気持ちも彼ら人間に倣って造られたものなのだろうか。それでも良い。幸せだと感じた。




「…静かだね」
 
「…そうだね」

「本当の事を言うとさ、君のことずっと探していたんだよ。」



 突然の私の言葉に、その人は何かを一瞬考えて。沈黙の後に「そう。」と一言だけ呟くように言った。



「…じゃあ、顔を見せないとね。」


 彼がそう言うと、相手の胸元に小さくあかりが灯り、繋いでいる手とは反対側の手を上に向かって掲げると、パッと花火のように光源が宙に舞った。まるで星のように輝くそれに、二人の姿が照らし出された。

 黒い艶のある素材の服を身につけたその人は、精巧に作られた美しい人形のようだった。
 整った顔が穏やかに笑みを浮かべて、こっちを見ていた。

 私は彼を見つめた後、自分の胸元へと目をやった。光の反射で、自らのボディの色も白であったことを確認したからだ。



「…君は黒で、私は白なんだね。」

「僕らの姿は『天使』らしいよ。」

「天使…?」

「戦争を終わらせる為に、神の使いの姿を創ったそうだよ。」

「…悪趣味だね。」

「言えてる。」



 ふふ、と2人で小さく笑った。光の粒が段々と小さくなってゆき、ゆっくりとまた暗闇へと戻る頃。私はゆっくりと遠のく意識の中で、ぽつりと呟いた。



「また、逢えるかな。」

「…きっと、見つけるよ。」





 囁くような声を最後に、私の意識はそこで途絶えた。






 
 
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