逃げる太陽【完結】

須木 水夏

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執着

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「お姉様、どうかなさったんですか?」 
「え?」


 月花の声にハッと我に返った陽日は、こちらを心配そうに見つめる妹に気がついた。顰め面をあわてて解くと、微笑んでみせる。

「何でもないわ。」

 6つ年下の妹は、ついこの前10歳になったばかりだが、漆黒の瞳と艶やかな黒髪の美少女で、年齢よりも幾分か大人びて見てる。それでもまだ子どもだ。


「難しい顔をしていらっしゃるけど…何か悩み事でもあるのですか?」
「ううん、大丈夫。」



 咲夜に実家の診療所の経営難を仕組まれ、その上結婚する事を脅されているなんてこと。まだきっと、少年に恋心を抱いているであろう月花にはとてもでは無いが言うことは出来なかった。

 咲夜の言葉を陽日も最初は信じられなかった。丘の上の大病院の息子が、たかが街の片隅にある小さな診療所の悪評を広めるなど、内容が不釣り合い極まり無かったからだ。
 けれど動機が陽日を逃げられないようにする為であれば、それは急に現実味を帯びる。いつだって、自分に向けての昨夜の執着を感じていたから。



(こんなこと、親にも月ちゃんにも言えない…)


 彼らに伝えたところで信じてもらえるかを考えてみたが、自信はなかった。普段から咲夜は人当たりがとても良く陽日の両親からも大きな信頼を得ている。もしかしたら、それは娘の陽日よりも大きいのかもしれない。

 氷魚に伝えていいのかも分からなかった。あの日、久しぶりに会えて今の少女の状況の説明もできたあの日に、をしたけれど、それを実行する為には婚約を破棄するのが先なのだ。彼に伝えたところで、状況は変わらないだろう。


「もう何度も伝えたけど…。婚約破棄を聞き入れて貰えなかったし、あと3ヶ月で結婚なんて、早すぎる…。」



 逃げ道を全部塞がれてしまっていて、頭を抱えたくなる。春の暖かい陽気に心が踊る季節なはずなのに、陽日は部屋の隅でぼんやりと考え事をする日々を過ごしていた。
 学校を卒業する前から咲夜との結婚が決められている為、就職活動も親から止められてすることも出来なかった。
 咲夜はあれからちょくちょく陽日に会いに、彼女の家を訪れるようになった。にこやかな人好きする微笑みを称えて、家族の前で陽日を女神のように扱う。月花はその場所に顔を見せなかったが、両親も祖父母も彼が来る度に喜んだ。
 陽日は自分に向けられる咲夜の眼の奥が笑っていないことに気がついていたし、少女に触れる彼の手が冷たく強ばっていることにも気がついていたが。


(逃げ場がない)


 追い詰められてゆく精神の中で、陽日は自分の手の中にある大切な物を必死に握りしめていた。

 氷魚への気持ちと、彼との約束だ。

 


 
 
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