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可愛い
しおりを挟む思いもよらない返事に、陽日は目の前の人物の顔を見上げた。
氷魚の青い瞳が、一瞬赤く光ったような気がして、釘付けになる。
目を見開いて自分を見つめる少女の顔をその宝石の目に映していた青年は、目元を緩ませると、ブハッと大きく吹いた。
「えっ!?」
「あはは!冗談だよ、真に受けないで。」
「なっ、なっ…!」
肩を震わせて笑う氷魚に、陽日は目を白黒させる。
「ごめん、あんまり可愛かったから、つい。」
「……!!」
カッとして思わず引こうとした繋いだままだった手を、反対に氷魚側に引き寄せられて胸にぶつかり、そのまますっぽり彼の腕の中に収まる形になってしまった。
白檀の甘い香りに優しく抱きしめられて、陽日の思考回路は止まってしまう。
「オレに会いたかったんだな、可愛い。」
「ち、ちが」
「オレも君に逢いたかったよ、陽日。」
(立っていられない…)
耳元で囁かれた氷魚の低い囁きに、動けなくなってしまった陽日は、くらりと目眩を感じて。彼のコートを握りしめたまま、そっと静かに目を閉じた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
氷魚の家の大きな暖炉の前で、彼の入れてくれた温かいココア入のマグカップを受け取る。
赤レンガ作りの古い小さな洋館は、湖より山の坂道を少し上がった所にあった。以前の住人であった老人夫婦が引越しのために売りに出していたものを彼が買い取ったのだという。
一人暮らしの男性の家に入るのは何やらドキドキしたが、整理整頓された居間の二人座りサイズのソファーに案内され、陽日はおずおずと座ったあと、右側の窓の外を覗き込んだ。
冬の西日が優しく差し込む窓は大きく、氷魚の言っていた通りそこからは湖の桟橋の1番先がよく見えた。
ココアを飲みホッと一息ついた陽日は、自分の現状をぽつりぽつりと彼に話した。
湖に来なかったのは、母親に禁止されたからだということ。自分は知らなかったが、ずっと婚約者がいたこと。婚約を取りやめて欲しいと相手には伝えているが、諦めて貰えていないこと。家の為に結婚をするのがいいと思う自分もいる反面、それで本当に良いのか分からなくなって、今此処にいること。
ぱちぱちと火の粉のはぜる音が聞こえる暖炉の灯りを見つめながら、陽日はだいぶ冷静になった頭の中で、これからどうしたらいいのか考えていた。
言われた事を守る子だと思われているのに、婚約を解消したいと伝えた時、両親は自分たちの考えにそぐえない娘をどう思うだろう。失望するだろうか。
そう考えると、今まで培ってきた陽日の全てが崩れてしまうようで怖く、両親に本音が言えないと思う一番の理由だった。
けれど伝えないと、始まらない。
「…陽日は、その、相手の子のことを好きなの?」
「……むしろ、月ちゃんが…」
「月ちゃん?…妹?」
陽日はうなづいた。氷魚は「あんなに小さかった子が…」とまた親戚のおじさんのような発言を呟いた。
「私が同い年なので婚約がまとまってしまっただけなんです。」
「でも相手の子は、君のことが好きなんだろう?」
「……」
陽日は何も言わずに手元のマグカップに目を落とした。
咲夜の気持ちは確実に陽日に向いている。けれどそれをどうしても受け入れられない。なぜなら自分は氷魚が好きだから。
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