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1巻
1-1
しおりを挟む第一話 赴任先は廃教会でした
つまり、貧乏くじを引かされたってわけだ……
馬車に乗っていた俺、アルフ・ギーベラートは心の中で反芻した。
数日前、教会都市パルムの中心にある大聖堂で行われた卒業式を思い返す。
パルムの最高学府であるガートン神学校を二年飛び級で卒業した俺は、十六歳にしてスキルを授かった。
聖堂の長である聖王マルカイルから言い渡されたのは、「預言者」という神の声を聞くことができる、嘘か本当か分からないようなスキル名と内容だった。
問題はその後、卒業後の進路に話題が移ってからのことだ。
「アルフ・ギーベラート。そなたをイスム地区の教会主に任命する」
一人の司祭が俺にそう辞令を言い渡した。
イスム地区の名が出た途端、大聖堂に来ていた来賓たちがざわつく。
イスムは都市パルムの壁の外であり、北側に隣接するスラム街である。
一般的に、ガートン神学校を優秀な成績で卒業した者は、都市パルム内に二十一ある教会のうちのいずれかに配属される。
そしてその教会で、二、三年経験を積んだ後、中央の大聖堂に呼び戻されて、国の重要な仕事を任されるというのがならわしだ。
それがまさか、最初が都市外の教会主。しかも誰もが知るスラム地区となれば、これは実質左遷と言えるだろう。
どうやら卒業して早々、出世コースから外れたらしい。
成績の悪さが理由なら、俺だって仕方ないと諦められるが、俺の神学校での成績はトップクラスだった。
神学的知識、一般教養、魔法の扱い方、それ以外の内容であっても、俺はダントツ。そうでなければ、他の生徒を差し置いて飛び級など許されるはずがない。
原因ははっきり分かっている。俺の出身が辺境の村であることだ。
入学当初から、他のパルム在住の貴族たちの子を差し置いて主席で入学した田舎者の俺を、よく思わない人間は大勢いた。
学校の教師たちは完全な実力主義で、出自にかかわらず公平にテストの点をつけてくれたが、卒業後の進路までは守られなかったようだ。
故郷の田舎にいる貧乏貴族の両親と、幼い頃から優しくしてくれた村の人々に喜んでもらいたい一心で、差別にも負けず頑張ってきたつもりだったが……最後の最後で、俺の努力は水泡に帰してしまった。
故郷に帰ったら、背中を押してくれた両親や村の人に、どんな顔をすればいいのだろう。
目的地に馬車が止まり、俺は憂鬱な気持ちで外に出る。
目の前には、俺が今日から住み込みで働かなくてはならない教会。
教会というよりも廃墟のような建物だ。
俺はため息をつき、ギィィィと軋む扉を押し開けた。
建物の内部も外観から想像していた通りだった。
砂なのか埃なのかよく分からないが、白く汚れた床。それなりに高さのある天井には、いたるところに蜘蛛の巣が張っている。
聖堂の左右の壁には二つずつ窓がついていたが、その窓も、もれなく汚れで曇っていた。
がらんとした部屋には、木の椅子が二脚壁際に置かれているだけ。
都市パルムではほとんどの教会の広間に長いベンチが列になって並べられていたが、ここにはそういったものは見当たらなかった。
他に目立つものといえば、扉から正面の一段高くなったスペース、いわゆる内陣と呼ばれる場所に置かれた台、それから左に二つ、右に一つある扉。
その中に家具が置かれているのだろうか? 後で確認してみよう。
俺は一段高くなった内陣に近づいた。
台の上には、小さな女神像が安置されていた。
全体的に表面が剥がれているのが、物悲しい。
まるで祈る人がいなくなったことを嘆いているかのようにも見える。
女神像を見つめていると、女性の声が聞こえた。
――あれ? もしかしてこの人「預言者」かなぁ?
「!」
俺は驚いて顔を上げる。
辺りを見回すが、周りには誰もいない。
あるのは、女神像だけだ。
――え、嘘! もしかして、私の声、本当に聞こえてるの!?
「えっと……はい」
――やっぱり「預言者」なんだ! って、ちょっと待って、じゃあ姿も見えてる!?
「え? いえ、何も見えてはいませんが」
――本当に?
「ええ」
――そうか、「預言者」は声しか聞こえないんだったっけ。よかったぁ、見られてなくて。
見られたくない理由でもあったのだろうか? じゃなくて、この声の主はいったい……?
俺が不思議がっていると、再び女性が声をかけてくる。
――ねぇ、えっと……ん? あなた、マコトスドウって人? それとも、アルフ・ギーベラート?
女性が言う「マコトスドウ」は俺の中にある、ニホンという場所で暮らしていた人間の記憶だ。
「あ、えっと。今はアルフですね。その、前世がスドウだったっていうか……」
別にこの記憶があったからといって、こっちの生活にさしたる影響はなかった。
しいて言えば、「妙に落ち着いている」とか「子供っぽくない」とか周りの大人に言われたことくらいだ。
――ああ、あなた。前世の記憶が残っている人なの。珍しいね。
「はぁ」
――じゃあ、今はアルフでいいのね。アルフ、はじめまして。私はこの教会を任されている女神、リアヌよ。リアヌンって呼んでね。
まさか。話している相手が神様だったとは。
あるいは神様を名乗る、ちょっとイタい人なのかもしれないとも思ったが、女神像を中心に漂う空気には確かに神聖なものが感じられる。
嘘ではないだろう。
「初めまして、リアヌ様」
俺は女神像に向かって頭を下げた。
――リアヌン。
「リアヌン様」
――『様』なんてやめてよ! それと敬語も禁止ね。私、かたっくるしいの大嫌いだから!
本当に神なのか?
「よ、よろしく。リアヌ、ン」
言い直すと、リアヌンが笑う。
――ふふっ。よろしく、アルフ。それで、話が飛んじゃったわね。あなたがここに来たのはどうしてかしら。何か私に祈りたいことでもあったの?
リアヌンに尋ねられて、先ほどまでの憂鬱な気持ちが再び胸中に湧いた。
「えっと、ここの教会主に任命されたんです……じゃなくて、されたんだ」
――教会主?
俺は頷いた後、自分の身の上をざっくり説明した。
ここからは遠い田舎の村で育ったけれど、魔法の素養があると言われてガートン神学校の試験を受けて合格したこと。そこから七年間、神と魔法について学び、昨日卒業したこと。教会でスキルを授かったこと。神官として任された初仕事がここの教会主だったこと。
――なぁーるほど。じゃあアルフは、なりたてほやほやの新人神官さんってわけね。
「あ、うん」
――で、「預言者」を授かったおかげで、私とおしゃべりができると。
「みたい、だね」
スキル「預言者」。神の言葉を聞くことができる者とは説明されたけど、なんか思っていたのとはだいぶ違う。なんかもっと「来る災厄に備えよ……」みたいなお告げが、雷の鳴る夜に聞こえてくるみたいなものだと思っていたが……
「リアヌンってよんでね!」なんて気さくな言葉を賜ることになるとは。
七年間、聖典で学んだ神のイメージが崩れてしまう。
神様って、みんなこんな感じなんだろうか……
――なに考えてるの?
「あっいや、えっと。リアヌンは気さくな神様だなと思って」
――ふふっ。まぁ私は人間のことが好きな神様だからね。そういうんじゃない神だっていっぱいいるわ。
へー、そうなんだ。
――というわけでアルフ。私、あなたのこと手伝ってあげる。
「へっ?」
急に何を言い出したんだ? この女神は。
――……何? この心優しき女神が力を貸してあげようっていうのに、嬉しくないわけ?
「や、それはありがたいけど。その、具体的には力を貸してくれるってどういう感じ、なのかな?」
正直なところ嬉しさ以上に怖さが勝っている。
なんかその……すごくポンコツっぽいし。
間違えちゃったって言って教会爆発させたりしそう……
いや、これはさすがに偏見か。
――そうだね。じゃあ久々に、力見せちゃおっかな~。
リアヌンがやる気に満ちた声を出した。
……やっぱ怖い!!
「え、ちょっ、えっと……」
――大丈夫、大丈夫! じゃあとりあえず、私に祈ってみて。
「祈る?」
――そう。アルフたち人間は魔力を使って魔法を使うでしょ? 私たち神が力を使うには、魔力の代わりに、人間の願いとか祈りとか、そういう心の動きを源にするから。ま、やってみれば分かるよ。さ、祈って祈って。
俺は言われたとおり、女神像に向かって手を合わせる。内容がパッと浮かばなかったので、とりあえず、感謝の祈りを捧げる。
――おっ、いいねぇ~。きたきた、この感じだ……そりゃっ!
ボッ。
「おわっ!」
後ろに下がった俺を見て、女神が笑い出す。
――フフッ、アハハ! なんでよ、そんなに驚くことないでしょ?
そりゃあ、何しでかすか分からなかったんだから、ビビッてもおかしくないだろう。
「これは?」
俺は立ち上がって、目の前のものを指差した。
女神像の前に置かれた手持ちの燭台、そこに火が灯っている。
――すごいでしょ!
「えっと、まぁ……はい」
いや、火なら魔法でも出せそうだが……何か違うのだろうか?
――あー! 今アルフ、これくらいの火なら自分も出せるぞって思ったでしょ。
「いや、そんなことは……」
女神だけあって心の中もお見通しか。
――いい? この火はね、ただの火じゃないんだよ。魔力ではなく、神の力で灯した火……『聖火』なんだぞ!
「はぁ」
――なにその鈍い反応! 聖火というのは聖属性を持った神聖な火で……その、すごく神聖な火なんだぞ!
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「……ん? えっと、運命共同体っていうのは?」
――アルフはこの教会を任されたんでしょ? 仕事ってことは、ここで結果を出せなかったらダメってことだよね。私も同じ! この教会に来てからちょっと経つけれど、結果を出せなければ天界での立ち位置がとっても危うい。だから私たちはこの教会を復興するという一緒の役割を持った同志ってこと!
なるほど……
リアヌンの言葉は続く。
――でも、その……別にサボってたわけじゃないのよ!? しばらく前から誰も教会に来なくなって、祈りの力がずっと0だったらから何もできなかったっていうか……おまけに周辺には貧しい人たちが増えたから、辺り一帯の幸福度はどんどん下がって、より私の力も落ちちゃったし……だから、お願い! この教会で祈る人たちを増やして、私の力をどんどん使って、苦しんでいる人たちを救ってあげましょう!!
こうして、ポンコツ女神と俺の教会復興&貧民救済生活が幕を開けたのだった。
ひととおり女神の話を聞いた俺は、リアヌンに提案する。
「とりあえず、この教会を綺麗にしてもいい?」
――ああ、たしかに古い教会だから、ちょっとばかし汚れが目立ち始めているかもしれないね。
いやいや、これはちょっとっていうレベルをとうに越えている。
俺はリアヌンの言葉に呆れつつ、掃除を開始した。
まずはこの聖堂からだ。
俺は内陣の上に立ち、両手を広げる。
体内の魔力を利用して、教会の床の至るところから水を出現させた。
――へっ!? アルフ、水のスキル持ってないよね!?
「持ってないよ。これは単なる魔法」
リアヌンの言うスキルと、俺が使った魔法は似て非なるものだ。スキルは教会で然るべき手順を経て神から授かるものであり、神の力を分与されたものと言われている。自然に使えるようになるものではない。
一方魔法は、生まれつき誰しもに大なり小なりその素養が備わっている。勉強や運動と同じく得意不得意や才能の大きさには個人差があるが、鍛錬することでその素質を伸ばすことができる。
事も無げに答えた俺にリアヌンが驚きの声を上げた。
――いやいや! 人間の魔法だったら、詠唱とか魔法陣とか、いろいろごにょごにょやらないと発動できないものでしょう! でも今のアルフはスッと水を出したよ!?
「あー、魔法にも個人差があるから」
――……そういうものなの、魔法って?
リアヌンが納得のいってなさそうな声を出した。
「そういうもんだよ」
俺は答えながら、魔法で風を起こし、床にまいた水をどんどん動かす。
すんなり風を起こした俺を見たからか、リアヌンの「わぁっ」という驚いた声が再び聞こえた。
風で押し流した水はちょっとした波に変わり、床の汚れを一気に押し流していく。
透明だったものがあっという間に泥水へと変わると、開け放った入口扉から何度も排出されていく。
やっぱり魔法は最高だ。
大量の水で一気に汚れが落ちていくのを見ながら、俺はスカッとした気分を味わった。
魔法には四属性あり、火、水、風、土の四つに分かれていると言われている。
属性が違えば魔法の扱い方も根本から変わり、そのため魔法の扱いに長けた人物でもある一つの属性しか使えなかったりする。あるいは使えたとしても、火魔法は超一流なのに、水魔法は初級魔法使いとそう変わらないということが起こったりするらしい。
あとは一つの属性の魔法を使った後に、別の属性を使うモードに切り替えるのが難しくなることもあるそうだ。
しかし俺には、この常識がいまいちピンと来ていない。
というのも、物心ついて魔法を使い始めたときから、どの属性も同じ感覚で使うことができたからだ。得意や苦手もなく、満遍なく使える便利な体質。
だが人に知られるとやっかまれることが経験上多かったので、いつしか人目に隠れて使うようになった。
でも、神様の前ではさすがにその必要はないだろう。ガンガン魔法を使わせてもらいます。
床を洗い終えた俺は、そのまま窓の掃除へと移った。
宙に回転するウォーターボールを作って、四つある窓それぞれをじゃぶじゃぶ洗う。
外側も洗う必要がありそうだけど、大分、光の入り方が変わった。
お次は二脚だけ置かれた椅子。大きめに作ったウォーターボールの中に閉じ込めて、まるで洗濯機のように汚れを落とす。
――そんな細かく洗わなくてもいいんだよ?
悪かったですね、神経質で。
俺は全ての水を教会の外へ押し流すと、火魔法と風魔法を応用して、床と窓、それから二脚の椅子をサクッと乾かした。
床の素材が何なのかは分からないけれど、煉瓦っぽくて美しい黄赤色が姿を現した。
「よし!」
床の次は、天井の掃除だ。
手の中で起こした風の回転をそのまま天井付近まで浮上させて、くるくると蜘蛛の巣を巻き取っていく。
……埃が落ちる可能性を考えると、天井を先にやってから床をやればよかったな。
そう考えつつ、まぁいいやと蜘蛛の巣を外へ追いやる。
そして念のため、床をざっと風魔法で掃いた。
最後は段差を一段上がった内陣の上。
床と同じ要領で、水魔法と風魔法を組み合わせて、効率的に汚れをとる。
渦を幾つも作って動かすと、水がどんどん濁っていった。
それを巻き上げて、宙にウォーターボールを作る。
「うへぇ、すごい汚れだ」
俺はそう言って、泥水になったウォーターボールを飛行させたまま、開け放った扉の外へ飛ばす。
もちろん一滴たりとも教会には落としていない。
くぅ~、爽快だ! 自分の思った通りに魔法を起こすことは、何物にも代えがたい気持ちよさがある。
内陣の上も、火と風でさっと乾かして、掃除完了。
「これで、よしと。あれっ、リアヌン?」
魔法に集中していて気付かなかったが、いつの間にか女神様のおしゃべりが聞こえなくなった。
もしかして、どこかに行ってしまわれたのか……?
――なに? アルフ。
おぉ、良かった。ちゃんといた。
「なんだ。急に喋らなくなったから、いなくなったのかと思ったよ」
――だってアルフ、すごく楽しそうだったんだもん。邪魔しちゃ悪いかな~と思って、静かにしてただけ。ヒヒッ。
くっ、からかいやがって。
仕方ないだろ、誰にも気兼ねすることなく魔法を使えるのなんて、ずいぶん久しぶりだったんだから。
――で、掃除は終わった?
「とりあえずメインの聖堂はね。他の部屋はまだだし、壁とか扉とかはやってないけど……」
――うんうん、お疲れ。心なしかさっぱりして気持ちいい気がする!
それは良かった。
「あ、そうだ。火ってまだつけられたりする? ここだけだと、ちょっと暗いかなって思ったんだけど」
――おっ。任せて、任せて。スキルにしてアルフに渡してあげるよ。合言葉は何にする?
リアヌンの言葉に俺は首を傾げた。
「えっ、ちょっと待って。スキルにして渡すって?」
――ん? そのまんまの意味だけど。私が使える力をスキルっていう形にしてアルフに授ける。そうしたらアルフも同じものが使えるってこと。私は神ですからね。そういうことができるわけなんですよ。
えっ、スキルってそんな簡単なノリでもらえるの?
都市パルムじゃ、神官として働くことを許された一部の人間しかもらえないのに……
「すごいな、それ……!」
――でしょ!
リアヌンのすごさがようやく分かった気がする。
それで、どうする? 合言葉は。
「合言葉?」
――スキルを使いたいときに念じる言葉だよ。聖火をつけるスキルだからさ、やっぱこう、かっこいい言葉がいいよね。ファイアー、ゴッド。いや、ゴッドファイアー……トルネード!
トルネードの要素はどこにあるんだよ。
心の中でツッコミを入れる。
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