上 下
33 / 38

繁盛と反感

しおりを挟む
マルサスの薬屋、開店初日。

午前中の、冒険者が街を歩くピークの時間帯を過ぎ、俺たちは交代で昼休憩をとることにした。

先にB級冒険者のアーガスと、錬金術師のリミヤが昼食を食べにいき、俺とファシアさんが店番として残った。


午前中の売り上げを計算しながら分かったのは、思ったほどはポーションが売れていないということ。

「やっぱりまだ、店としての信用がないからですかね?」

「そうですね。商品の質さえ確かめてもらえれば、間違いなくもっと買ってもらえると思うのですが……」

店の扉が開いたのは、そんな時だった。



「立派な店だな。マルサス」

入ってくるなり、その人は言った。

接客しようとしたファシアさんが、ばっと俺のことを振り返った。

「マルサスさん、あの方とお知り合いなんですか!!?」

「あ、まぁ……」


薬屋に現れたのは、王都のアンデッド騒動時に知り合った女性。

短く切りそろえられた金髪に高い鼻、美しくも鋭い青の瞳。

「久しぶりだな、マルサス。元気にしてたか?」

騎士団長であり、冒険者ギルド長も現役で兼任しているこの国のとんでも実力者、サラ=ラフィーネだった。



「ご無沙汰してます。おかげ様で、元気にやらせてもらっています」

「それは良かった。良い雰囲気の薬屋だね。開店おめでとう」

「ありがとうございます」差し出されたら騎士団長の手を、俺は握った。「まさか、知ってくださっているとは思いませんでした」

「ふふっ。私の情報網をなめてもらっちゃ困るよ」サラはにやりと笑った。「どうだ。繁盛しているかな?」

「まだ初日ですから、それなりですね」

「ははっ、そうか。じゃあ私も、ポーションを見せてもらっていいかな」

「もちろんです」

隣を見ると、ファシアさんが固まっていた。

「ファシアさん?」

「……は、はい!」何があっても動揺を見せなかった彼女だが、声が裏返っている。「す、す、すみません、鑑定書を」

「ああ、気にしないでくれ」騎士団長は、手をひらひらと振った。「見ればだいたいはわかるよ。それに」サラの綺麗な眉が、きゅっと持ちあがった。「マルサスの作ったものだろう。効果は一級品に違いない」

「ありがとうございます」
お世辞でも、そう言ってもらえるのは嬉しかった。



騎士団長は店内に並ぶポーションを見て回る。

すっと伸びた背筋、凛々しい表情。

これまでに店に来た冒険者たちとは、明らかに雰囲気が違う。気品、洗練されているさま、そして圧倒的な強者としての存在感。

「じゃあ、これらをもらおうかな」

サラは7本のポーションを選んだ。

「いいんですか?こんなに」

「もちろん。優れたポーションは、幾つあっても損にはならないよ」

そう言って、爽やかに微笑む。

本当に、何をしても絵になる人だった。

「あの!」

すると突然、ファシアさんが声をあげた。

「サラ騎士団長、ですよね……?」

「ああ、そうだが」

騎士団長はファシアさんの方を見て、首を傾げる。

「あの、少しお願いしたいことがあるのですが……」




「ありがとうございました」

「ああ。それじゃあ、また来るよ」

「ありがとうございました!」

ポーションを買ってくれたサラ騎士団長を、二人で店の外まで見送った。



「でもまさか、あのサラ騎士団長とお知り合いだったなんて……びっくりです」

騎士団長を見送ったあと、ファシアさんが俺に言った。

まぁたしかに、彼女はこの国で一二を争う重要人物であり、顔を知らない者はいないというほどの有名人だ。
王都でのアンデッド騒動がなければ、俺みたいな底辺の解毒士が知り合いになることなど、絶対になかっただろう。

「まぁ、そうだね」

「ふふっ。これで問題は解決しますしね」

ファシアさんは、手に持った紙を、店の壁にはりつける。

その紙にはでかでかと、こう書かれていた。

【サラ=ラフィーネ騎士団長、太鼓判。『店主マルサスのポーションは、どれも一級品!』】

ポーションを買った騎士団長に、ファシアさんが頼み込んだこと。

それは、「店の宣伝のために、サラが言った言葉を使わせて欲しい」ということだった。

いきなり何を言いだすんと焦ったけれど、騎士団長はからからと笑って、「マルサスのためなら、お安い御用だ」と快諾してくれた。

「これで、よしと……」

一仕事終え、満足げなファシアさん。

「次の客足のピークは、冒険者たちがこの街に戻って来る夕方ですね。
それまでに、できる限りの準備をしておきましょう」ファシアさんはその紙を見ながら、自信たっぷりに言った。「忙しくなりますよ……!」


彼女の言葉通り、アーガスとリミヤが店に戻ってきた後、少しずつ通りを行く人たちの数が増えると。

薬屋に一人、また一人と、お客さんが入って来る。

そしてピーク時の夕方を迎えた時には。


「はい、体力回復ポーションですね、少々お待ちください!」
「こちらのポーションはですね、店主のマルサス自らがつくった解毒薬でして……」
「お買い上げありがとうございます! 次のお客様、こちらへどうぞ!」


午前中とはうってかわって、マルサスの薬屋の前には、長蛇の列ができていた。

通りを行く客は、その列に「おっ、なんだなんだ」と興味をしめし、紙にでかでかと書かれた文字を見て、「なるほど」と列の最後尾に加わる。


「騎士団長サラ=ラフィーネが太鼓判を押した」。

この売り文句は、いとも簡単に冒険者たちの信頼を勝ち取った。

列に並ぶ冒険者たちは、周りの者たちと会話しながら、新たに出来た薬屋、王都随一の実力者が認めているというポーションに期待しつつ、自分たちが店に入る番を待った。

そして店に入るなり、多くの冒険者が鑑定書を見せて欲しいと求めることなく、効果だけを確かめポーションを買った。

そのため、棚からは次々にポーションが消えていった。


新たな店にできた長蛇の列は、道を行き交う人の注目を集め続け、マルサスの薬屋の前は、ある種のお祭り状態のようにさえなった。


しかしその様子を、遠くから憎しみのこもった目で見る者も。

それは以前、マルサスが自分の店を持つどころか、その日に食べるパンに払うお金すら持てなかった頃、
彼がつくる解毒薬を、おそろしいほどの安値で買い叩いていた、あの薬屋の女主人だった。
しおりを挟む

処理中です...