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ポーション鑑定書

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元々武器屋だったその店舗は、いまや棚とカウンターだけが残されてがらんとしている。

立ち退きの際に清掃も済まされているとのことで、見た感じにも改めて掃除をする必要はなさそうだった。
店内奥に併設されたスライムトイレも問題なく使えるし、棚にポーションを並べればすぐにでも店を始められる。だが色々と準備することを考えて、オープン目標は1か月先にした。

カウンター後ろの、武器屋であれば斧などがひっかかっている壁に肩掛けかばんをひっかける。その中から20本の空の小瓶を取り出して、店内の棚の上に並べてみた。
親切にも武器屋が置いていってくれた価格表示のプレートを使い、銀貨8枚と表示させる。

今までは、20本の毒消しポーションで銀貨2枚だったのだ。これからは、1本8枚で売れるとしたら全部で銀貨160枚。純利益は今までの80倍だ。

最高だ、最高過ぎるぞ……

棚に並べた毒消しポーションの位置を微調整しながら、俺は気が付くと、口笛を吹いていた。

「あの……」

「はい!」

びっくりした。
振り向くと、いつの間にか人が入ってきていた。
いけない、全く気付かなかった。
そうだ、ドアの上につけるベルも早めに買っておかなくちゃな。来客が来たときに気が付けないしな……と頭の中で考えつつ、入ってきた人を見る。

フードを被った、小さな少女だった。
「えっと、どういったご用件でしょうか?」
「あの、ギルドの方で求人票を見て……」
「ああ!」
俺はぽんと手を打った。

そう。店を開くのもいいが毒消ししかポーションを置いていないというのはあまり心もとないということで、俺は商人ギルドのギルド長に相談して求人票を出してもらったのだ。求人条件には自信があったから何人かは集まるだろうと思ったけれど、まさか昨日の今日でもう一人目の希望者が現れるとは。これは幸先がいいぞ。


俺が出した求人条件。
一番のポイントは、支払いの単価だ。

基本買い取り価格は、販売価格の6割に設定した。つまり俺とポーション作製者の取り分が、4:6になる。最初は2:8、つまり俺の取り分が2になることを提案したのだが、ギルド長に猛反対を食らった。

「相場は9:1ですよ!? 当然、店側が9です!」

おや、相場は9:1だったのか。おかしいな。俺の場合、1本10銀貨のポーションを20本2銀貨で買い取られてたから……割合にしたら99:1なんだけど。

しかもそれでも契約先を変えるなと、担当のギルド職員、ラードに言われた。ギルド長直々にお叱りを受けたらしく俺を見ると毎回あせあせと頭を下げていたが、多少は他のポーション精製者に対する相談にもちゃんと乗るようになったのだろうか。

まぁそれはそれとして。

「俺はずっと作る側だったので、そっちの人の気持ちが痛いくらい分かるんです。
自分の足で素材集めをしてポーションを作製した人よりも儲けるなんて、俺は納得いきません」
ギルド長は、困り眉で言った。
「しかし8割渡したら、とんでもない量売らないと赤字になりますよ。店を維持するには何かとお金がかかるんです。そもそも家賃だけで毎月金貨10枚ほどがかかるのに、2割の儲けでどうやってそれを補填してくつもりなんですか」

たしかに俺は店の経営に関しては素人だし、あの女主人への憎しみに振り回されて儲からない事業計画を立てては元も子もない。
喧々諤々の論争の末、取り分は6:4に落ち着いた。ポーション作製者の方により多くを渡したいという俺の思いを残した最低ラインの割合である。



カウンターの裏の椅子を勧めて、そこに座ってもらった。
雇う人を決めるときの手順は、ギルド長に教わってきたからばっちりだ。

まずは身分を検めるために、ギルド登録証を提示してもらう。

「ギルド登録証を見せていただけますか?」
「あ、はい……」
フードの少女は、緊張した面持ちでそれを差し出してくる。
名前はリミヤ、年齢は15、職業は錬金術師、所属は俺と同じ商人ギルド。

うん。ギルドの審査を通っているのであれば問題なし。錬金術師なら錬金ギルドに入ることもできただろうけれど、そこらへんは個人の事情があるかもしれないから詳しくは踏み込まない。

俺はギルド登録証を彼女に返却した。

「ええっと、リミヤさん。
リミヤさんはこちらの店と契約して、精製したポーションを納品したいということでよろしかったですか?」

「はい」

フードの少女はこくりと頷く。

「他のお店とは契約していますか?」
「いえ……」
「これまでに、個人店との契約を結ばれた経験は?」
「ありません。半年前に成人してスキルを授かったので、それから仕事を探し始めました」

なるほど。そうか15歳だから、スキルを授かったのも最近のことなのか。しかし俺のような数少ないスキルでさえ、ギルド登録を済ませれば契約先がすぐに見つかった(超絶ブラックだったけど)。

半年間、契約先が見つからなかったということは、かなり条件をえり好みしたのだろうか。

「そうだったんですね。では、鑑定書つきのポーションがあればお出しください」
「……」
すると少女の動きが止まった。

「えっと……鑑定書つきのポーションはお持ちでないですか?
でしたら用意できる日に、再度、お持ちいただきたいのですが」

スキル「解毒士」の能力によって俺は毒ならほぼ完璧な成分分析が、また毒以外であっても多少の成分分析ならできないことはない。

けれど全てのポーションを完全に判別できる自信はなかったし、最初は念を入れてと思って、ギルドの正式な鑑定を済ませたポーションに発行されるポーション鑑定書の持参を必須とした。もしかして見逃していたのだろうか。

「あ、あのっ!」と少女は弾かれたように言った。
「えっと……はい?」

肩からかけた鞄に手を入れたリミヤの指が、小刻みに震えている。緊張しているというよりも、何かを恐れているように見える。

「きゅ、求人条件に書かれていたことは、ほ、本当のことでしょうか。その、『ポーションの種類については問いません。どんなポーションでもお気軽にご相談ください』、って……」

「はい。この薬屋はまだ扱う商品を決めていないので、持ってきた方の作れる者に応じてどういった契約が結べるのかをお話させていただこうと考えています。鑑定書を見させていただければ、契約についてのお話ができるかと思いますが」


ポーションに売れ筋のものと、そうでないものがあることは知っている。

ダントツに売れるのが魔力補給ポーション、体力回復ポーションの二つ。その次に攻撃力や素早さなどの基礎ステータスを一時的に底上げする強化系のポーションが続いて、だいぶ間を空けて状態異常系のポーションが後に続く。

だから俺も、薬屋を開くならば魔力補給・回復ポーションがつくれるポーション製造者・錬金術師を雇わなければならないのはよくわかっている。

だが、やはりここでも俺は、経営者目線ではなく作り手目線で考えてしまう。

俺自身が「毒消ししか作れない」という偏ったスキルを授かったから、そういう人を排除したくないという気持ちがどうしても働いてしまうのだ。

しかも俺の場合、ぎりぎり「状態異常系」だったからまだ何とかなったものの、もっと突飛なスキルを授かったために、どこの薬屋にも買い取ってもらえないという人だっていないはずない。

そういう人たちの力になればと――商売は道楽じゃないから綺麗ごとだけでは成り立たないと分かっているのだが――どうしても、考えてしまった。

もちろん、全く売れないポーションを金がある限り買い取り続けるというようなことはしない。でも売れ筋以外のポーションであっても、最初から門前払いする必要はないのでは? と考えて、俺はあえて募集条件を緩くしたのだ。


「す、すみません、分かりました。
こちらが、そ、鑑定書です!」

意を決してように、彼女は両手で、ポーション鑑定書を差し出してきた。
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