27 / 30
番外編SS
スイカ割りの思い出【《うちの子》推し会!参加作品】
しおりを挟む「あれ? スイカがある……」
「スイカ?」
零はいつものようにダイヤと街に出ていた。
そこで見かけた見覚えのある果実に目が釘付けとなる。
露店に山積みにされている深い緑の丸い果実。縞模様こそないが、大きさといい形といい艶といい、ぱっと見は記憶の中にあるスイカにそっくりだったのだ。
「スイカとはこれの事かい? これはコルドーだよ」
「コルドー?」
そう言ってスイカそっくりの果実をポンポンと叩いたダイヤ。その音もやはりスイカにそっくりだ。
懐かしいな。
そんな想いにしみじみ浸っていると、横から客が数個を購入していく。
よく見れば客は見知った顔で、一般人に紛れたシダーム家の護衛だと零は気付く。
「え、ダイヤ様……」
「コルドーが気になるのだろう? 帰って一緒に食べようか」
驚いてダイヤを見上げれば、悪戯が成功した子供のように楽しそうに笑うダイヤ。
つられて、零も楽しそうに笑った。ダイヤの優しさが純粋に嬉しかったからだ。
* * *
屋敷に帰り着替えをしようと部屋へ向かう。その途中で、私服の護衛がコルドーを厨房へ持っていくのを見かける。
「あれはどのように食べるのでしょう?」
ふとした疑問が浮かび、零はダイヤに尋ねた。
勝手に果実だと思い込んだが、もしかしたら野菜かもしれない。
炒められたコルドーを想像しダイヤに尋ねれば、ダイヤから、
「スイカとやらはどのように食べていたんだ?」
と、反対に尋ねられた。
ダイヤの言葉に零はスイカを三角に切って食べていた記憶を思い出す。そんな記憶と共に、ふと随分と遠い思い出になった光景も脳裏に浮かんだ。
「……切り分けてそのまま食べるのが一般的でしたが……」
思い浮かべた景色は、青空に入道雲。白い砂浜に広がる賑やかな笑い声。その中心には──
「──子供の頃は、スイカ割りをした思い出もありますね」
「スイカ割り?」
「はい」
それは幼い頃の思い出だ。仲の良かった友人と海でしたスイカ割りは、今でもワクワクした気持ちが蘇るほど楽しかった。
割ったスイカは子供達でかぶりつき、その無邪気な様子を大人達は綺麗に切り分けられたスイカを食べながら眺めていたものだ。
幸せいっぱいの思い出をダイヤに語れば、まるで自分の事のように楽しそうに聞き入るダイヤ。
いつの間にかジンラミーまでそばで聞いていて、周りが何やら慌ただしくなっていく。
「……ダイヤ様?」
楽しく話していた零だったが、ダイヤが零を見ながら手で周りに合図を送っている事に気づいた。
また何か始まろうとしている。
何かを察してダイヤの袖を引くが、ダイヤは笑いながら「大丈夫だ」と言うだけだ。いったい何が大丈夫なのだろうか。
零の不安を他所に周りはどんどん準備を進めていく。
おまけにハートまで出てきて期待するような目で零を見ているではないか。
これはもう止まらないのだろうな。
零は諦めて成り行きに身を任せれば、ジンラミーに中庭へと誘導された。
「うわぁ……」
そこには簡易的な低い台が用意され、上にはコルドーがタオルを敷いて固定されていた。
そばに居る侍女は、何処から探してきたのか細長い棒を持っている。
「さて、スイカ割り改めコルドー割りを始めようか!」
「はーい、私も私も!」
やはりと言うべきなのか、おそらくスイカ割りをするのだろうなとは思っていた。だが、まさかここまで迅速に準備されるとは思わない。なんてフットワークの軽い人達なのだろう。
零が一人で関心していると、当たり前のようにダイヤから薄いタオルを渡された。
「あれ、僕からするんですか?」
「私達はやった事が無いからね。零が手本を見せてくれ」
そう言われれば断れない。何よりそんなつもりは無いが自分が言い出しっぺになるのだろうから、率先して行わなければならないのだろう。
それに、
「目隠ししてコルドーを割るなんて面白い遊びね!」
「わたくしも初めて見ますな」
まるであの頃の自分のようにワクワクした目で見られれば、零も何だかワクワクしてくる。
よく晴れた青い空は、それだけで心を晴れやかにするのだから。
「じゃあ……」
零はタオルを受け取って、期待に満ちた眼差しを受けながらにっこり笑った。
「……誘導お願いしますね、ダイヤ様」
せっかく準備してもらったのだから楽しもう。
タオルを巻いて目隠しをし、棒を渡される。おそらくジンラミーであろう手が零の肩をやさしく掴み方向を示してくれた。
一歩踏み出すと「頑張って零!」と楽しそうなハートの声援が少年の頃に戻ったようでくすぐったかった。
「零ー、そのまままっすぐよ」
「少し左にずれてるな。右だ零」
ハートやダイヤ、時折ジンラミーの声も混じって視界が奪われた零をコルドーまで誘導する。
しかし、まっすぐ歩けていないのか誘導の声は段々と入り乱れ、零は棒を持ったままあっちへフラフラこっちへフラフラとしだしてしまう。
「零、まっすぐだっ」
そんな中、ダイヤの声がいっそう強くなった。
「そのまままっすぐ進んでごらん」
「えっと……」
とても頼りがいのある声なのだが、零は困惑する。
まっすぐ進めと自信満々で言ってくるが、本当に良いのだろうか。
なんせその声が、自分の真正面から聞こえてくるのだが……
「さぁ、まっすぐおいで!」
「お、おいで……?」
これってコルドー割りではなかったのか。いつの間に目隠し鬼になったんだ。
それともあまりにフラフラしているから優しいダイヤが保護しようとしてくれているのだろうか。
零がそう思っていると、背後からまた別の声が聞こえてきた。
「零ー、そのまま棒振り下ろせよ。かち割る勢いでー」
「な……っ!!」
相変わらずやる気のなさそうなクラブの声と、焦ったようなダイヤの声。
気がつけば手の中の棒は抜き取られ、すぐそばを凄い勢いで何かが通り抜ける気配がした。
「クラブきさまっ、散々商業の勉学から逃げておいてこんな時だけ出てくるとはいい度胸だっ──」
「うわっ! ちょっとした冗談じゃんか棒持って追いかけてくんなよっ!」
いったい何事かと突っ立っていたら、ジンラミーが目隠しを外してくれる。
まず視界に飛び込んできたのは「もう少しだったのに──」と悔しそうにクラブを追いかけるダイヤ。
そして肝心のコルドーは、自分が進もうとしていた向きとは明後日の方向にあった。
なるほど、これはダイヤが保護しようとするわけだ。
零が一人で納得している背後から、また楽しそうな声。
「次私私ー」
「あ、はい。どうぞハート様」
兄達が地獄の追いかけっこをしていても気にならないのか、ハートは二人に目もくれずスイカ割りもといコルドー割りに興味津々なようだ。
そんなハートにタオルを手渡し、侍女が予備の棒を渡せばコルドー割りの再開である。
「よーし、絶対割ってやるから零しっかり教えてよね!」
「あはは、了解です。じゃあとりあえずまっすぐで」
「いえいえ少し左ですなぁ」
「ジンラミー撹乱させないで!」
零と同じようにフラフラとした足取りでコルドーを目指すハート。
テーブルにはいつの間に切り分けられたコルドーが皿に盛られていた。
「ハート様、右右!」
「あら左ですわよハート様」
ハートのお付きの侍女まで誘導に参加して、中庭は益々賑やかになる。
そんな中、ジンラミーから勧められ切り分けられたコルドーを口に含んむ。
中身は緑だったし甘さもスイカより弱かったが、とても美味しく感じるのは何故だろう。
まるであの日、無邪気に頬張ったスイカのように……
「零、楽しんでいるかい?」
「あれ、クラブ様は……?」
いつの間にか零の隣に来て肩を抱いたダイヤが、何かやりきった様子でにこやかに零に問う。
クラブはどうしたのかと零が周りを見渡せば、噴水の向こう側に足だけが見えた。鬼ごっこは終わったようだ。
「よし次は私だ。零が誘導してくれ」
「あ、でもコルドーが……」
意気揚々と告げるダイヤ。
しかし、たった今ハートが見事コルドーを割り、手応えを感じて嬉しそうに歓声を上げた所だ。
なんて迷いのない割りっぷりだろうかと関心する零。その隣でまたもやダイヤが告げる。
「じゃあ……私は零を捕まえよう」
「それは完全に目隠し鬼ですね」
それはそれで楽しそうだが、まずは一息つこう。
そんな思いから零は笑いながらダイヤにコルドーの一切れを手渡した。
ハートが侍女とハイタッチをして、割られたコルドーは他の侍女達がさげていく。
切り分けて使用人達で分けるのだろう。
台には新たなコルドーが用意され、使用人達も参加して青空に長い間笑い声が響き渡った。
最後にダイヤがコルドー割りをしたが、何度やっても見えているのかと思うほどまっすぐ零に向かってきて一向にコルドーを割れず、ハートから怒られて終わった。
また一つシダーム家で新たな思い出が零の胸に積み上がった、そんな賑やかな日のお話だ。
83
お気に入りに追加
4,682
あなたにおすすめの小説
魔王城に捕えられたプリースト、捕虜生活が想像となんか違う
キトー
BL
魔王軍の捕虜となったプリースト。
想像していた捕虜生活とはなんか違うし、魔王の様子がおかしいし、後ろでサキュバスが物騒な事言ってるし、なんなのこれ?
俺様になりきれない魔王✕プリースト
短い話をちまちま更新しています。
小説家になろうにも投稿中。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
奴の執着から逃れられない件について
B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。
しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。
なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され...,
途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。
魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。
柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。
頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。
誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。
さくっと読める短編です。
バッドエンドの異世界に悪役転生した僕は、全力でハッピーエンドを目指します!
あ
BL
16才の初川終(はつかわ しゅう)は先天性の心臓の病気だった。一縷の望みで、成功率が低い手術に挑む終だったが……。
僕は気付くと両親の泣いている風景を空から眺めていた。それから、遠くで光り輝くなにかにすごい力で引き寄せられて。
目覚めれば、そこは子どもの頃に毎日読んでいた大好きなファンタジー小説の世界だったんだ。でも、僕は呪いの悪役の10才の公爵三男エディに転生しちゃったみたい!
しかも、この世界ってバッドエンドじゃなかったっけ?
バッドエンドをハッピーエンドにする為に、僕は頑張る!
でも、本の世界と少しずつ変わってきた異世界は……ひみつが多くて?
嫌われ悪役の子どもが、愛されに変わる物語。ほのぼの日常が多いです。
◎体格差、年の差カップル
※てんぱる様の表紙をお借りしました。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。