23 / 30
番外編SS
大富豪はかまってほしい
しおりを挟む「可愛いですねー」
「可愛いわー」
ここはハートの私室。いつもはハートが零に国の歴史などを教えている時間だが、今は二人共一つの事に夢中だ。
「にゃっ、にゃっ」
「可愛いー!」
「鳴き声も可愛いですね」
小さな生き物が動いて鳴く度に二人は顔を緩ませ歓声を上げる。
ソファーに座った二人の間に居るのは、お察しの通り猫である。
手のひらに乗るほど小さな子猫は、ハートから与えられたおもちゃに夢中でじゃれついていた。小さな体でじゃれつく様子はおもちゃで遊んでいるというより、おもちゃに遊ばれているようだった。その様子もまた二人の頬を緩ませた。
「いつまでこの子を預かるのですか?」
「十日よ。家族で旅行ですって」
ハートの友人から預かってほしいと頼まれたらしい小さな命。知らない場所で戸惑うかと心配したが、当の本人はふかふかベッドとミルクとおもちゃがあれば満足なようだ。
そんな肝の据わった子猫を見守っていたハート達。しかし、小さな体を懸命に動かしていたはずが、急に止まってコテンと倒れてしまい、ハートが焦りの声を上げる。
「えっ、何? どうしたの!?」
「ハート様大丈夫です」
慌てて獣医を呼ぼうとするハートを零はなだめ、子猫をそっと撫でる。
「寝ちゃっただけですよ」
「こんな急に?」
「ふふ、そうです。子猫ってよくこんなことがあるんです。ご飯食べてる最中に寝ちゃったりとか」
「まぁ……」
零の言葉にハートは驚いた顔をした後、クスリと呆れたように笑った。
「子猫って忙しいのね」
「すべてに全力なんでしょう」
顔を見合わせ微笑み合う。
子猫を挟んでほんわかとした空気が流れる中、扉の開く音がした。
「やぁ、子猫の様子はどうだい?」
「ダイヤ様」
部屋に入ってきたダイヤは広いソファーの零の隣に座り、自然な仕草で零の腰に手をまわした。
「寝ちゃったわ」
零越しに子猫を確認するダイヤにハートが告げる。
ダイヤを見ていた零も子猫に視線を戻し、指の腹で額をそっと撫でた。
そんな零を微笑みながら見守っていたダイヤだが、次第に細い腰を引き寄せていた手がさり気なく体を撫で回し始めた。
そろそろ私にもかまってほしい、と言わんばかりに頬を寄せたり息がかかるほど耳元で話しをするダイヤ。
しかし愛らしい子猫に夢中な零はあやしい動きをするダイヤの話に相槌をうつだけで、子猫から視線を外さない。
「……零、子猫が寝てしまって退屈だろう? 私の部屋でティータイムでもするかい?」
「いいえ、寝ている姿も可愛いですから……もう少し見ていたいです」
「この子が居るのも今だけだものね」
「……そうか」
しびれを切らしたダイヤが二人っきりにならないかと提案したが、いとも簡単に却下され肩を落とす。
相手にされず落胆したダイヤであったが、嬉しそうに子猫を愛でる零は心底可愛い。
こんな零を見れるのも今だけだと自分を納得させ、零の頭に頬を寄せ茶色の柔らかな髪を楽しんだ。
* * *
「……零、その子はどうしたんだ?」
「あ、ダイヤ様お疲れ様です。ハート様と相談して夜は日替わりで預かる事になったんですよ」
「……」
夜、ダイヤが零の部屋を訪れると二人の空間であるはずの場所を陣取る子猫の姿。
広いベッドのど真ん中を我が物顔で寝そべる子猫にダイヤの顔が引きつる。
やっと二人の時間を堪能できると思っていたダイヤは、引きつる顔を何とか笑顔に変えた。
「しかし夜まで面倒を見るのは大変だろう。ジンラミーに預けたら良いんじゃないか?」
そして、零を労う優しい恋人の面を被ってそう提案するが、
「全然大変じゃありませんよ。この子とっても賢くておしっこもちゃんとトイレでするし、何より可愛いですし!」
と、やはり零からにこにこ顔で断られた。
「そ、そうだな」
可愛い可愛いと零から頬を寄せられウニャウニャじゃれる子猫が憎い。いや、羨ましい。
自分も零に嬉しそうに頬を寄せられてみたい。
しかしながら零には格好いいと思われていたいダイヤがそんな事を口に出せるはずもない。
「可愛い……な」
今だけ、今だけなのだ。ダイヤはそう自分を納得させて子猫と戯れる零を見つめた。
寝る時はダイヤと零の間に遊び疲れた子猫が挟まった。
それから五日過ぎた。相変わらず零はハートと共に子猫に夢中だった。
「あと何日だ?」
「五日ですな」
そんな彼らを見守るダイヤが呟き、ジンラミーが答える。
「あと五日も預かるのか」
「たった五日でございましょう」
「五日も零を子猫に取られたままなのか……」
「……良い機会ですのでいっそお仕事に集中されてみてはいかがですかな」
「やはり尻尾だろうか?」
「聞いてませんな……尻尾とは?」
「零があそこまで子猫に夢中になるのは尻尾があるからだろうか」
「重要な所はそこではないかもしれませんな」
「では耳か!」
「……そろそろお取り引きの書類に目を通していただきたいのですがねぇ」
晴れた昼下り。ダイヤの私室で主とその従者が議論を交す。
主はいたって真剣な顔で、従者はいたってどうでも良さそうな顔で。
「零はたいへん喜んでおりました。それで宜しいではないですか」
「ならば世界中の猫を集めた上で──」
「上で?」
「──私も猫になる」
「……」
どうか冗談であってくれと願うジンラミー。しかし重大な取り引きの決断をする時と同じ目をしている主人を見て、本当に実行したら箱に詰めて橋の下に捨てようと心に誓った。もちろん主人をだ。
* * *
今日も今日とて子猫を可愛がる。
最近ではハートや零の姿を見ると嬉しそうに駆け寄ってくるようになり、その愛らしい姿に零は益々夢中になっていた。
「今日は特別に猫用のオヤツを用意したの」
「うわぁ、きっと喜びますよ」
ハートと二人でキャッキャとはしゃぐ零をジンラミーは複雑な目で見ていた。
その様子に気づいた零は、首をかしげてジンラミーへ尋ねる。
「ジンラミー様どうされました? あっ、ジンラミー様も子猫にオヤツをあげてみますか?」
「いえいえ、私はけっこうですよ」
微笑みやんわり断るジンラミーだが、何か言いたげな様子は変わらない。
そんなジンラミーが気になり、ハートが子猫にオヤツをあげている間に再びジンラミーへ尋ねた。
「あの、ジンラミー様……」
子猫や零達でなく何処か他所を向いていたジンラミーに声をかけると、ハッとしたように零へ向き直すジンラミー。そして再び微笑みを浮かべ「どうしました?」と返事をした。
「何か気になる事があるのでしょうか? 最近僕やハート様が子猫の所に居ると複雑な顔をされていますが……」
「おや」
零の言葉に珍しく目を見開いたジンラミーは、次には困ったように笑った。
「失礼、感情が顔に出てしまうとは私もまだまだですな」
まるで失態を恥じるように笑うジンラミーは、心配いらないと零の頭を撫でる。
「なに、子猫を可愛がる零やハート様は大変微笑ましいのですが……少々可愛がり過ぎているようにも感じるのですよ」
「えっ」
今度は零が目を見開いた。まさか子猫を可愛がり過ぎていると指摘されるとは思わず驚いたのだ。
しかしジンラミーの言うとおり、最近の零は一日のほとんどを子猫と過ごしている。
ハートと共に可愛い可愛いと構い倒しているが、情が移りすぎたら別れる時に辛いのは自分だ。
そう考え、零は子猫に執着してしまっている事を反省した。
「……確かに、少し控えたほうが良いのでしょうか?」
「そうですなぁ、ダイヤ様が猫になる前に……」
「はい、……はい?」
ありえない言葉が聞こえた気がして振り返るが、ジンラミーはどこか遠い目をしていた。
零は知らない。
空耳かな、と首をかしげる零の背後で羨ましげに猫を眺めるダイヤが猫耳カチューシャを特注しようとしている事を、そしてジンラミーが全力で阻止している事を──零にとっては知らぬが仏であった。
【end】
猫耳えちも書きたいですね
125
お気に入りに追加
4,679
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?
「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。
王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り
更新頻度=適当
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。