買った天使に手が出せない

キトー

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番外編SS

従者の憂うつ(発売記念SS)

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 ジンラミーは失念していた。
 シダーム家の主であるダイヤの恋人、いやもはや妻として扱われている零が、ただの可愛らしい少年ではなく優秀な人材である事を……

「私とした事が……」

 頭を抱えるジンラミーであったが、もはや後の祭りなのだ。

 ※ ※ ※

「家出してやるっ!!」

 そう言い出したのはダイヤだった。
 スペードが渡航してからさらに増えた取り引き。
 任されたクラブの教育は当の本人が逃げ回る。
 そして少し(と本人は言い張っている)羽目を外して恋人に無茶をさせてしまい、罰として引き剥がされる事数週間。
 色々と限界が来たダイヤの子供のような癇癪だった。
 そして、家出をすると言い出したダイヤが向かった先は、広大なシダーム家の敷地内の隅にある少し古ぼけた家屋。
 古くなったので今は使われていない使用人達の元宿舎である。
 家出てないな、と誰もが思ったが面倒なのでツッコむ者はいなかった。
 そして、どうせすぐに帰ってくるだろうと、ジンラミーを含めこれまた誰もが思った。
 確かに古い家屋ではあるが生活をするには不自由をしない場所でもある。
 だがダイヤは大富豪の子息だ。
 取り引きや交渉は優秀な腕をもっていても、生活力は皆無なのだ。なんせ生まれた時から周りが世話をするのが当たり前なのだから。
 己で出来る事と言えば更衣ぐらいで、料理の仕方どころか火のおこし方すら知らない。食材はあるがまさか生肉を食べるわけにもいかないだろう。
 掃除をする者も居なければ風呂の準備をする者も居ない。
 食事も入浴も冷たい水しか使えない生活で、はたして何日もつだろうか。
 おまけにダイヤは零まで連れて行った。
 恋人を溺愛しているダイヤが零に水だけの食事をさせるとは思えない。なのでダイヤは屋敷に帰るしかないのだ。
 だから気が済んだら戻ってくるであろうダイヤへの説教内容を考えながら、ジンラミーは待った。
 しかしここで、予想外の事が起こった。

「ダイヤ様はまだ戻りませんか……」

「はい、どうやら零が一通りの身の回りの世話をしているようなのです」

「……」

 かくして、冒頭に戻る訳である。

 ※ ※ ※

 ダイヤはご機嫌だった。
 一時の感情に任せて実行した家出。持って出たのは零だけ。
 自分でもこの家出が長く続くとは思っていない。己が水だけの生活で我慢するだけならまだしも、大切な大切な零にまで強制する訳にはいかないからだ。
 だから零との現実逃避に満足したらすぐに戻るつもりだった。
 だが、蓋を開けてみればどうだ。
 零は炊事、洗濯、掃除だけでなく、仕事の書類の整理までやってのけるではないか。
 ダイヤはいつも零を甘やかす事に忙しくて気づかなかったが、零は侍従としても優秀だったのだ。
 パタパタと小さな体を忙しなく動かしながら、優しい笑顔で己の世話を焼いてくれる。
 そんな可愛い恋人と昼夜共に居られ、邪魔する者は誰もいない。
 謁見の請いは全て断り、最低限の仕事をこなして優しくて可愛い恋人に甘える日々。

「天国はここにあったのか」

「何がですか?」

「いやなに、天国には天使が良く似合うと思ってね」

「? ……そうですか」

 ダイヤはベッドの上で零が入れてくれたハーブティーを飲み、至福の時を感じながら細い腰を引き寄せた。

 そんな天国に終わりを告げたのは、ジンラミーから送られてきた一冊の本であった。
 ジンラミーが送ってきたにしては俗っぽい良くある恋愛小説。おそらくはハートの物であろう。
 良く意図は分からないが少しぐらい読んでやるかと本を開いたその日である。

「零! そろそろ帰ろうか!」

「えっ!? それはかまいませんが突然どうされたんですか?」

「なぁに、いつまでも零に甘えている訳にもいかないからね! 何せ私は恋人に不自由などさせない出来る男なんだよ!」

「……?」

 慌てたように零を連れて戻ったダイヤは、またもやせっせと零を甘やかそうとする。
 恋人の優しさに甘えすぎて自堕落になった男が捨てられる、そんな物語の当て馬男になってなるものかと焦りながら。


 end

 
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