買った天使に手が出せない

キトー

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番外編SS

学園パロ

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 ──キーンコーンカーンコーン──

 校内に鳴り響く予鈴の音を聞きながら、零は息を切らせて走る。
 良かった間に合いそうだ、と安堵の表情を浮かべたその時だ。

「うわっ!」

「おっと」

 曲がり角でぶつかったのは、この学園で知らない者は居ない金髪で長身の先輩だった。
 いっけん人好きしそうな、少し目もとの垂れた優しそうな笑顔の彼であるが、気に入らない相手には容赦が無いともっぱらの噂である。
 そんな彼は、零に全力でぶつかられてもよろける事なく胸で受け止め、ふわりと柔らかな笑みを返した。

「すみません……」

「いやこちらも前を見ていなかったからね」

 先輩に頭を下げる零の頭を撫でながら、これまた柔らかな口調で言う。
 相手が怒っていない事にほっと胸をなでおろした零は、目の前の男から品定めするように見られている事には気づかなかった。

「……ねぇキミ、そんなに慌ただしくしていたら疲れるだろう。今日は私とゆっくりしない?」

「え?」

 突然のお誘いに、零は戸惑う。
 それは明らかに授業のおサボりへの誘いだったからだ。
 零をまったく悪びれもなくサボりへ誘う彼はダイヤ・シダーム。
 成績優秀、資産家の息子、学園の支配者。
 そんな彼を授業の無断欠席ごときで叱る人はいない。
 それにかこつけて好き勝手しているが、授業など受けなくても優秀で見目形のすぐれた彼は一部の人間から人望もあった。

「どうかな? 先輩として色々教えてあげるよ?」

「あ、えっと……」

 いつの間にか腰に回された手に引き寄せられる。
 優しげな青い瞳が自分の快い返事を期待しているのが分かった。
 しかし、零は戸惑いながらも、そっと腰に回されていた手を外した。

「すみません……」

 零は少し困った笑いを浮かべ、ダイヤと視線を合わせて続ける。

「僕は特待生としてこの学園に通わせてもらってるんです。僕の授業代を他の人に払ってもらっているわけですから、それを裏切る事はできません」

 授業も楽しいですしね、とはにかむ零にダイヤは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに爽やかな笑顔に戻った。

「そうか……引き止めてすまなかったね。じゃあ授業頑張って」

「はい! ぶつかってすみませんでした。じゃあまた!」

 パタパタとかけながらダイヤに手を振り去っていく零を、ダイヤも軽く手を振って見送る。
 だが、零の姿が見えなくなるとダイヤの爽やかな笑顔が消えた。
 そして、そこに残ったのは鋭い視線を送る男だった。まるで獲物を見つけた獣のように。

「汚したいな……」

 ひだまりのような笑顔を向けてきた、まだ幼さの残った後輩。
 汚れなんて知らないような、疑う事すら知らないような少年。
 あの純粋無垢な後輩を自分の汚れた手で闇に引きずり込んだら、どれだけ己の欲が満たされるだろう。
 それは想像するだけで甘味で自然と口角がる自分に気づき、ダイヤはそっと口元を手で隠した。

「──とか言ってなかったか?」

「……黙れクラブ……」

 たまり場として使っている一室。
 ソファー座るダイヤへ、弟であるクラブが面白そうに話しかけた。
 そんなクラブを睨みつけ、ダイヤはため息と共に重々しく口を開いた。

「……予想外の問題が発生したんだ」

「は? 予想外って……」

「簡単に手出し出来ない問題だ」

「……それって」

 もしやあの人畜無害そうな少年が実はヤクザの息子とか?
 神妙な面持ちでダイヤの口から語られる真実に、クラブは知らずと息をのんだ。

「あの子はな……」

「お、おう……」

「天使なんだ」

「ちょっと何言ってるか分かんねぇ」

 こいつ頭大丈夫か、というクラブからの視線を無視し、ダイヤは零の姿に思いを馳せる。
 いつだってにこやかに話しかけ慕ってくれる可愛い後輩。
 成績が上位だと知れば素直に褒めて尊敬する。
 保健室でサボっていれば体調が悪いのかと心配する。
 タバコを発見した時だって「先生が忘れて行ったんですかね?」と首を傾げダイヤが吸っているなんて思いもしない。
 そんな少年を知れば知るほど、己の手で汚すどころか指一本触れられないのだ。

「分かるかこの穢れを知らない清らかで優しい零は天使としか言いようが無くてそう簡単に汚して良いものじゃないんだ。まぁいずれは私の手に落ちてきてもらう予定だがまずは交換日記とかからお互いを知っていく努力を──」

「……パチンコ行ってきて良い?」

 真面目に聞いた俺が馬鹿だった。
 そう悟ったクラブは早々に逃げ出した。

 ※ ※ ※

 そんな出来事から早くもひと月経った。
 二人がどうなったかと言えば零はダイヤの手に……まったく落ちてなかった。

「──だろ? どうせ」

「侮るなよクラブ。私がただ黙って良いようにされているはずが無いだろ」

「へぇ、て事はついに?」

「あぁ、先日私は零と……手を繋いで公園を歩いた」

「小学生かよ」

「ソフトクリームも一緒に食べたんだぞ!」

「よかったなー……雀荘行ってくるわ」

 クラブが去った部屋でダイヤは次のデートプランを考える。
 そんな折に舎弟の男が入って来てダイヤに声をかけた。

「あのぉ、ダイヤさん……」

「ワーティか、何だ?」

 零の喜ぶ顔を思い浮かべてご機嫌だった所で声をかけられ、やや不機嫌そうに返事をすれば、ワーティと呼ばれた男は歯切れの悪い声で続けた。

「えっとー、クラブさん麻雀に行かれましたけど……」

「いつもの事だろ。それがどうした」

「あー……零も連れて行ってたから……」

「今すぐ探せっ!!」

 今日も二人に振り回されて慌ただしく舎弟達が走り回る。

 ※ ※ ※

 そんな出来事からさらにひと月。
 二人の関係は……お察しの通りだ。

「このままでは卒業してしまう……っ!」

 最上級生のダイヤは今年卒業だ。つまりこのまま卒業すれば彼との接点が無くなってしまうのだ。
 これほどまでに零との年の差を恨んだ事はない。
 何とかしなくては、と悩み、考えついたのが今ダイヤの手にある酒だ。
 たまり場にしている部屋で一人、甘いお酒をテーブルに並べる。

「……卑怯だとは思うが……」

 あの優等生の零が酒を飲んだ事があるとは思えない。きっと一口飲んだだけで可愛らしく酔ってくれる事だろう。
 別にそこで零にどうこうしようとは思っていない。ただ、零の本音が聞きたいのだ。
 自分の事をどう思っているのか。
 己でも戸惑うほどに大きくなってしまった零への想い。
 ほんの少しでも好意的な本音が聞けたなら、あと一歩踏み出せそうなのだ。

「まぁ、零ならジュースだと言えば疑わずに飲むだろうし……」

「零くんがどうかしましたかな?」

「……っ!?」

 邪な考え事をしている最中に背後から声をかけられ、ダイヤは慌てて振り返る。

「ら、ラミー! ……教頭」

 そこには白髪混じりで背筋のピンと伸びた初老の男が鋭い視線でダイヤを見ていた。
 ジンラミー、この学園の教頭だ。
 シダーム家とも繋がりがありダイヤ達に容赦なく口出しする、この学園の道徳を守る者である。

「教頭先生と呼びなさいダイヤくん」

 顔を引きつらせたダイヤに構うことなく、ジンラミーは優雅な足取りで近づいた。
 礼儀正しく成績優秀な零をことのほか気に入っているジンラミーは、ダイヤが手にしていた物を見るとにっこり笑い、そして──

 ※ ※ ※

 ──朝日がステンドグラスからこぼれる。
 柔らかな光に包まれて、ダイヤはベッドから起き上がったままぼうっと一点を見つめる。

「おはよう御座いますダイヤ様。いかがなさいました?」

 そんなダイヤの様子を見たジンラミーがモーニングティーを準備しながらたずねた。

「おはようラミー……なんだか、とても変な夢を見た気がするよ」

「ほぉ、どのような?」

「妙な服を着て……、零が可愛くて、ラミーに正座させられて叱られていたような……」

「いつもの事でございましょう」

「それもそうだな」

 自分は従者にいつも叱られているのかと思わなくもないが、ダイヤはいったん夢を忘れる事にして広いベッドで伸びをした。

「ところで零が見当たらないが、ハートの所か?」

「クラブ様が連れて行かれました」

「今すぐ探せっ!!」

 今日も慌ただしい一日が始まる。

【end】


 ちなみにジンラミーはクラブが零にいたらん事をしないよう自分の息がかかった護衛をこっそり付けて送り出してます。
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