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番外編SS
ダイヤの誕生日.1
しおりを挟む「どうしよう……」
自室で、一人零が呟く。
ダイヤの誕生日が来月だと知ったのは二週間ほど前。だと言うのに未だに誕生日プレゼントを用意出来ていないのだ。
いつも与えられてばかりいる自分が、大切な人に物を贈れるせっかくの機会。
何より、大切な人の特別な日なのだ。
記憶に残るような、心から喜んでもらえるような贈り物がしたいと零は思う。
しかし、何でも持っているダイヤへの贈り物などそう簡単に思いつかない。
おまけに零が使えるお金も限られているのだ。
ダイヤからは好きなときに外商を呼んでも良いと言われているし、街に行けば好きなだけ気に入った物を買ってあげると言われる。
だが、そこで手に入れた物をプレゼントとして渡すのはどこか違う気がするのだ。
だから短期間で良いのでどこか働きに出たいと言ってみたのだが、反対されてしまった。大反対された。大騒ぎになった。「何か不満があるなら頼むから言ってくれ…っ」とダイヤからは泣かれた。
それ以来働きに出たいなんて口に出せるはずもない。
「どうしよう……」
「なーにが?」
「へ……っ!?」
本日二回目の呟きは誰もいない広い廊下を歩いている時。
しかし、誰も居ないと思っていた場所で思いもよらぬ返事があって零は驚きで固まった。
恐る恐る声がした方へ首を回すと、柱に隠れた窓際の大理石で出来たベンチのような場所で、横になっているクラブと目があった。
「クラブ様? なぜそんな所に……」
「だって部屋だとハートとかジンラミーが勉強しろってうるせーんだもん」
寝っ転がったまま肩ひじをついてへらへら笑うクラブに、零は彼らしいなと笑いを漏らした。
「そんで? 何が『どうしよう』なんだよ」
「聞いてくださるのですか?」
「暇だからな。まぁこっち来いよ」
こっち、と体を起こして隣を指差すクラブに従い、零はクラブの隣に座って仰ぎ見た。
グリーンの瞳が好奇心を隠しもせず己を見ていて、彼の暇つぶしにでもなるのなら相談してみても良いかもしれないと零は思う。
しかしここで零は大きな間違いを起こす。主に相談する相手を、だ。
「実は……──」
しかし、そんな事に気づかない零は、己の悩みを好奇心旺盛でいたらない事しかしないクラブに話してしまったのだ。
「──と言うわけでして……」
一通り経緯を話した零に、クラブは頭をひねる。
「ダイヤの喜ぶ物ねぇ……」
「クラブ様も思い浮かびませんか?」
「そーなー。ダイヤを喜ばせようとした事ねぇしなー」
あっけらかんとそんな事を言い放つクラブに、ははは……と乾いた笑いしか出てこない。ここはやはりハートに相談してみようかと思った矢先だ。
「あっ! そうだそうだ! とっておきがあるぞ!」
「ホントですか!?」
クラブのとっておきという言葉に零は顔を上げる。
そしてクラブがゴソゴソとポケットを探り、取り出した物に口をかしげた。
「それは……?」
クラブが取り出したのは、凝ったデザインの小瓶。それには液体が満たされているのが分かり、僅かに甘い香りがした。
「これやるよ。ダイヤが喜ぶ事間違いなしだから。これ中々手に入らないんだぜ」
「えっ、そんな貴重な物を良いんですか?」
「いいのいいの。ダイヤの誕生日なんだろ? たまには俺も一肌脱いでやろーじゃん」
零の手のひらに小瓶を握らせてそう言うクラブがとても頼もしく見え、零は目を輝かせる。
「じゃあ……ありがとうございます!」
クラブの申し出を有り難く受け取り、零はこれでダイヤが喜んでくれるかもしれないと嬉しそうに瓶を眺めた。
「綺麗な瓶ですね。甘い香りがしますが香水ですか?」
「いや飲みもんだ」
「ダイヤ様がお好きな飲み物なんですか?」
「いやいやいや零が飲むんだよ」
「??」
良く分からないならが、自分がこれを飲む事でダイヤの好きな香りに自分自身がなれると言う事だろうか。
だったら菓子にまぜてみようか。
己がダイヤの好きな香りになるだけではプレゼントとしては心もとない。
せめて手作りの焼き菓子ぐらい用意して、それにも香りをまとわせよう。
飲んでも大丈夫であればきっと料理に使っても問題ないだろうし、甘い香りだから焼き菓子にも合うはずだ。
「ありがとうございますクラブ様。大切に使わせていただきます」
ダイヤの喜ぶ顔を思い浮かべて自然と頬が緩む。
改めてクラブに深く頭を下げれば、クラブは何故かいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「まぁ頑張れよ。色々と……」
そう言い残し、ひらひらと手を振り去っていくクラブに再度礼をして、クラブの言葉通り菓子作りを頑張ろうと零は意気込んだ。
※ ※ ※
ダイヤは自室に戻る。その足取りは軽い。
何故なら、今日は零が自室で待ってくれているからである。
零の自室が与えられてからはダイヤが零の部屋にまで行くことが多かった。
しかし、今日は零からの申し出によってダイヤの自室で待っているとジンラミーから言われた。
そして今日は、己の誕生日。
「期待しか無いだろ……」
誕生日プレゼントは僕! なんて展開もありなのでは?
零に限ってそれは無いと分かっていても、期待せずにはいられない。
せっかくの誕生日なのだ、少しぐらい羽目を外しても多目に見てくれるだろう。
鼻歌交じりに自室のドアを開けると、早速ダイヤが来るのを今か今かと待っていたらしい零と目が合った。
「ダイヤ様!」
「零! 待たせたね」
ベッドから立ち上がり駆け寄ってきた零を抱きしめれば、ふわりと柔らかな香りに包まれ満足げに笑う。
しかしダイヤは、どこかで嗅いだ記憶のある甘い香りが混じっている事に気が付いて体を離し零を見た。
「今日はなんだか少し変わった香りがするな。石鹸を変えたのか?」
零が使う物は全て把握しているつもりだが、ハートにでも新しい石鹸をもらったのかもしれない。
そう思い訊いてみると、零は嬉しそうに瞳を輝かせた。
「気づきましたか? ダイヤ様がお好きな香りだって教えていただきたので使ってみたんです。石鹸では無いですが、どうでしょうか?」
どう、と期待がこもった瞳で見つめられれば、たとえそれがヘドロの匂いであろうと大好きになっていただろう。
デレっと鼻の下を伸ばしたダイヤは「大好きな香りだよ」と再び甘い香りの零を抱きしめた。
「焼き菓子も作ってきました。改めて、誕生日おめでとうございますダイヤ様」
「あぁ、ありがとう零。最高のプレゼントだ」
零はテーブルに置いていた籠を手に取り差し出す。
中には美味しそうな焼き菓子が並ぶ。ダイヤは零を膝に乗せてベッドに座り菓子を一つ手に取った。
柔らかな菓子は程よい甘さで、先程零から香った物と同じ香りがした。
菓子とよく合いとても美味しいのだが、やはりこの香りはどこかで嗅いだことがある気がする。
だが、期待を込めた目で零から見つめられれば、もはやそんな事などどうでも良くなった。
「うまいな……零みたいな優しい味がするよ。いくらでも食べられそうだ」
ダイヤが菓子を褒めれば、零は花がほころぶように笑った。
鼓動が速くなる。胸が熱くなる。
「零、幸せをくれてありがとう……」
「僕こそいつもダイヤ様から幸せばかりいただいてます。そばに置いてくださってありがとうございます」
「これからもキミの隣は誰にも譲らないよ」
「ふふ……僕もです」
大切な恋人を腕に抱きながら、ダイヤは幸せをかみしめた。
ずっとこんな時間が続けば良いと、毎日のように思う己は幸せ者だ。
零の温もりを感じながら、他愛もない話をした。
今日はこのまま眠ってしまうのも悪くない。そう思った時だ。
「零……?」
「……っ、え? あ、はいダイヤ様……」
今日あった出来事を話していた最中、どこか上の空な零に気づく。
いつもダイヤに微笑みながら話をする零が今は体を丸めうつむき、表情は分からないが顔が赤く呼吸も荒い。
そして、いつもより零の体が熱かった。
「零、もしや熱があるのか? 体調が悪いなら無理をしなくて良い」
「い、いえ、大丈夫……ですが、少し眠いので早めに休ませていただいでも、宜しいですか……?」
いつも心配かけまいと気丈な零が自分から休みたいと言っている。これはよっぽど具合が悪いのだとダイヤは慌てて零を寝かしつけようとした。
「もちろんだ! ならばもう明かりを消し──」
「──ひゃ、んっ!」
「へ?」
だが、零を抱えあげようとしたら突然漏れた甘い悲鳴。
驚き固まるダイヤが見たのは、顔を火照らせ涙を溜めた瞳をきつく閉じ、何かに耐えて震える零だった。
「れ、零……?」
「やっ……! い、今触っちゃ……っ、ん!」
その姿は、あまりにも目に毒だった。
横抱きにした零は両手を口に当て、あられもない声が溢れそうになるのを止めようとしているようだった。
しかし、体を縮こめて足を擦り寄せ隠そうとしているが、その中心が布を押し上げ主張している。
零が、欲情を催している。あの零が。
そしてダイヤは思い出す。零を包む甘い香りの正体を……
「……媚薬」
思い出したが、まさかあの零が自ら媚薬など使うだろうか。
零の快楽に抗おうと震える姿に頭が沸騰しそうになりながらも辛うじて理性をかき集め考える。
まさか『誕生日プレゼントは僕!』が現実になった!? と、一瞬期待に胸が膨らむが、零の熱くなる体に戸惑う様子をみればそれが間違いだと分かった。
知らずに飲んだのだ。
そして、そんな物を零に渡す人物に心当たりが一人あった。
「零、何を飲んだか覚えているかい……?」
「も、もらった綺麗な瓶に入った物を……」
「その瓶は誰からもらった?」
「く……クラブ、様……から……飲んだら、ダイヤ様が、喜ぶからって……」
やっぱりかあのドグズ野郎庭に埋めてやるっ──っ!!!!
心の中で盛大に罵倒し、ダイヤは頭を抱えた。
あのクズのせいでこんなかわい、いや色っぽ、いや美味しそうな……いやいやいや苦しそうな零。
薬のせいでこんなに苦しむ零に下手に手を出してはいけない。
しかし、先程から頭が沸騰したように興奮がおさまらない。
そういえば、自分が食べた菓子からも同じ香りがした。と言う事は自分も媚薬の餌食になってしまったのだろう。
「れ、い……」
あまりの興奮にめまいを起こしながらも、震える手を零に伸ばす。
「……っ、ぅん……!」
そっと頬に触れただけで過剰なほど身を跳ねさせて甘い吐息を漏らす零に、心臓が壊れたように走り出す。
苦しそうだ。零が苦しんでいる。何とかしなくては……。
そうだ、零が苦しんでいるから自分はそれを助けるだけなのだ。ダイヤは熱い手のひらを零の肌に這わせる。
「だ、大丈夫だ零。私が……楽にしてあげるから……っ」
薬のせいだ。媚薬がいけないのだ。
血走った目をしたダイヤはそう言い訳し、零が必死に隠そうとする場所をするりと撫でた。
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