17 / 30
番外編SS
挿話《宿の息子》
しおりを挟む彼を見た瞬間に心が震えた。
彼の瞳が俺を見た瞬間に心を射抜かれた。
信じられないほどの白い肌。柔らかな色合いの髪と瞳。小柄な体は抱き締めこの腕に閉じ込めてしまいたくなる。
何より、常にふわりと浮かべている微笑みが可愛くて、美しくて、隣でずっと見ていたくなる。
親父からは大切な上客だから粗相の無いようにと言いつけられた。
正直面倒だと思ったから、最低限の世話をしてさっさと退散しようと思っていた。
だけど、気が付けばふらふらと引き寄せられる様に彼の隣に座っていてせっせと世話を焼いていた。
そんな俺を訝しむことも無く、そして惜しまず笑顔を向けてくれる。
それから彼とはたくさん話をした。
と言っても俺が勝手にベラベラ喋っていたのたが、彼は退屈そうにもせずに興味深げに聞いてくれて、嬉しくて更に口が軽くなる。
楽しかった。
幼そうな見た目に反して、まるで俺より年上のような包容力があった。
だけど笑顔は年相応で可愛らしく、彼を笑顔にする為なら何でもしたいと思った。
もし、この人がずっと隣に居てくれるなら、どこまでも頑張れるだろうな。
どんなに疲れていても、この人の笑顔できっと全て吹き飛ぶだろう。
落ち込んだ時は、この人に頭を撫でてもらいたい。それだけで、いくらでもはい上がれる。
出会ってたった数時間で、もう彼の事しか考えられなくなった。
魅了されるってこう言うことだ。
可愛くて、美しくて、優しくて、そんな彼が、どうしょうもなく欲しい。
「俺と宿を経営しないか?」
ずっと隣に居てほしい。その笑顔を守る為なら何でもするから。
だが、返事は聞けなかった。
その前に男に手を引かれ部屋に戻ってしまったからだ。
その時僅かに交わされた男の鋭い視線は気のせいではないだろう。
一瞬怯むが、でも諦めたくない。
明日がある。朝、僅かでもいいから彼と話をしよう。
せめてちゃんと俺の気持ちを伝えたい。
しかし、そんな決意も虚しく、朝起きたらもう彼は居なかった。
朝食も食べずに街を出たのだと親父は言う。
唖然と立ち尽くす俺は、幻でも見ていたのかと思う。
だってそうだろう。
こんなにも俺の中に存在感を残した人が、今はもう居ないなんて。
まるで最初から居なかったかのようにあれだけ騒がしかった酒場は綺麗に片付けられ静まり返っている。
彼と話をした場所も、一つの名残もなくなって。
まるで妖精にでも出会った気分だ。
どんなに恋い焦がれても、触れることすら出来ない儚い存在。
出会えた事すら奇跡だったのだと、そう思えば諦めもつくだろう。
なのに彼の笑顔を忘れられそうには無くて、想いは膨らむばかりだった。
諦めるなんて無理みたいだ。
もし彼にまた会えたなら、次こそは彼の心を捕えよう。
瞳を閉じればあの笑顔が蘇る。
それだけで俺は今以上に強くなれるから。
89
お気に入りに追加
4,682
あなたにおすすめの小説
魔王城に捕えられたプリースト、捕虜生活が想像となんか違う
キトー
BL
魔王軍の捕虜となったプリースト。
想像していた捕虜生活とはなんか違うし、魔王の様子がおかしいし、後ろでサキュバスが物騒な事言ってるし、なんなのこれ?
俺様になりきれない魔王✕プリースト
短い話をちまちま更新しています。
小説家になろうにも投稿中。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
奴の執着から逃れられない件について
B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。
しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。
なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され...,
途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。
バッドエンドの異世界に悪役転生した僕は、全力でハッピーエンドを目指します!
あ
BL
16才の初川終(はつかわ しゅう)は先天性の心臓の病気だった。一縷の望みで、成功率が低い手術に挑む終だったが……。
僕は気付くと両親の泣いている風景を空から眺めていた。それから、遠くで光り輝くなにかにすごい力で引き寄せられて。
目覚めれば、そこは子どもの頃に毎日読んでいた大好きなファンタジー小説の世界だったんだ。でも、僕は呪いの悪役の10才の公爵三男エディに転生しちゃったみたい!
しかも、この世界ってバッドエンドじゃなかったっけ?
バッドエンドをハッピーエンドにする為に、僕は頑張る!
でも、本の世界と少しずつ変わってきた異世界は……ひみつが多くて?
嫌われ悪役の子どもが、愛されに変わる物語。ほのぼの日常が多いです。
◎体格差、年の差カップル
※てんぱる様の表紙をお借りしました。
魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。
柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。
頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。
誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。
さくっと読める短編です。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。