60 / 61
60.似ている二人【完】
しおりを挟む「──そんじゃ、ソラの実家は遠いんだろ? 早目に出ようぜ」
遅めの朝食を終え、さっそくと言わんばかりにプラドが言う。
すでに駅までの移動許可書まで準備しているプラドに、ソラは「いいのか?」と問う。
「一度プラドの家に挨拶に行ったほうが──」
「また引き止められてめんどうになるだけだから止めとけ。それに今度こそ化粧されるかもしれんぞ?」
「──私の実家に急ごう」
こうしてヒナタへの手土産を二人で選び、共に列車に乗り込んだのだった。
列車と馬車を乗り継ぎ、日が暮れる前に二人はソラの村に辿り着いた。
たまにすれ違う村人は見知らぬ顔のプラドに興味があるようで、ソラに挨拶をするついでに声をかけてくる。
その度にソラが自分の恋人だと紹介すれば、皆驚きの顔を見せた。
特にソラと歳の近い若者は、男女問わずややショックを受けた様子だった。
「ただいま」
村のはずれの木の家に着き戸を開ければ、いつものようにロッキングチェアに腰掛けた祖母のヒナタが出迎える。
「おかえりなさい。あら、そちらがソラさんの話していた?」
「えぇ」
「は……初めまして! プラド・ハインドです!」
「えぇえぇ、ソラさんから聞いてますよ。とても研究熱心な方だとか」
「い、いえ、そんな……」
ヒナタから褒められ満更でもないプラドだが、彼は知らない。
ヒナタはソラから『試験が終わるたびになぜソラに負けたのか多種多様な理由(言い訳)を語りに来る研究熱心なプラド・ハインド』と聞かされている事を。
今後も知らないほうが良いだろう。
「パン屋のマリアさんは?」
「彼女が来ると大変な事になりそうだから、あなた達が来るのは内緒にしてるの。手土産は後で彼女にも渡しておくわね」
「そうですか」
「……だから誰なんだマリアさんって……」
そんな会話をしながら、メルランダ家での夕餉の準備が始まった。
あらかじめ仕込んでいたのか、ヒナタはさっそくパイを焼く。
その様子を見ながらプラドが何か手伝える事は無いかと尋ねれば、ソラを見張っててくれと頼まれる。
何かを察したプラドは、神妙に頷きソラを監視する事にした。
そんな出会ったばかりの二人の間に裏やり取りがなされているとは知らないソラは、プラドに良い所を見せようと台所に入ってくる。
「……ソラさん。疲れてるでしょうから座って待ってても良いのよ?」
「いえ、私も料理について少し調べてきたから大丈夫です」
「そうなの……」
やんわり止めようとするヒナタだが、なんだか張り切っているソラにはヒナタの願いは届かなかった。
ヒナタがプラドに目配せすると、プラドはそっと頷く。この二人、もはや運命共同体である。
「……で、ソラは何をするんだ」
「卵だ」
「潰すのか」
「プラド、良く見ていてくれ」
そう言って卵を一つ手に取ったソラは、慎重な手つきで台の角に卵をぶつける。
慎重すぎてなかなか殻にヒビが入らないが、数回繰り返してやっとピキリッとヒビが入った。
そのヒビに両手の親指を差し込み、用意していた皿の上でゆっくり、じれったいほどゆっくりと卵を割った。
ポチャン、と皿に生卵が生まれる。
「……」
「……」
「……」
「……え? あっ、す……凄いじゃないか!」
ヒナタに肘でつつかれてようやく意図を理解したのか、プラドは慌てて卵を正しく割れたソラを褒めた。
するとソラは満足げに胸を張り、次の卵に手を付けた。
「……」
ただ卵を割っただけでドヤァと目を輝かせて見てくるソラは──
「──……くそぅ、かわいい……っ」
馬鹿な子ほど可愛いなんて言葉が天才と呼ばれるソラに当てはめて良いものかは分からないが、手のかかる恋人が可愛くて仕方なかったようだ。
ただ油断は禁物で……
「殻はカルシウムだからサラダに──」
「──よしソラ、料理について新しい知識を与える。殻は料理に使うな」
と、軌道修正も忘れなかった。
「ふむ? 料理の資料には書いてなかったが……」
「殻を食えとも書いてなかっただろ」
「確かに」
その後、調子に乗って大量に卵を割ったは良いが使い道を考えていなかった事が判明し、プラドが卵料理を多量に作る事になった。
そんな彼らの様子を、ヒナタはパイを焼きながらにこにこと眺めていた。
料理でのプラドの働きを見て、ヒナタは早々に孫の恋人を気に入ったらしい。
食事は穏やかにすみ、次にソラはもっとも大切な場所へプラドを案内した。
両親の書斎である。
「ここが父と母が生前使っていた部屋だ」
本棚から溢れるほど魔術に関する本が置かれた部屋は、ソラにとって自慢の書斎だった。
きっとプラドも驚くだろう、そう思いながら軋む扉を開いた。
「……! お前これ──」
「ふむ」
「──片付けろよ!」
「そっちか」
だが、予想していた反応と違ってソラはほんの少しふてくされた。この素晴らしい本の山を見てそれなのか。
「お前なぁ、大切な部屋なら散らかすなよ」
「散らかしてない。初めからこうだった」
「……血筋か」
ソラの言う通り、この部屋はソラの物心ついた頃からこうだった。
ヒナタいわく、これでも口をすっぱくして片付けさせていたほうなのだと言う。
ただソラの両親も整理整頓は苦手だったようだが、本は大切にしていたようで、大量にある本一つ一つに高度な不汚損の魔法陣が描かれている。
それでもプラドにとって、どこに何があるか分からない状態は我慢ならなかったようだ。
「せっかく全集揃ってる本がバラバラに置かれてるじゃねーか」
「駄目だろうか?」
「……もし俺が著者なら順番通り置いてほしいだろうな」
「なるほど」
狭い部屋ながら無造作に積まれた本を整理すれば、それなりに空間は増える。
その過程にソラは満足したが、プラドの口うるささは止まらなかった。
「おいこれ貴重な本だろ!?」
「ふむ! 五十年以上前に発行された貴重な──」
「床に積み重ねるんじゃねぇ!」
「むぅ……」
「むくれるな可愛いだけだぞ……自慢話は後で聞いてやるから──」
なんて口では言っているが、プラドも貴重な本に囲まれて喜ばない人間ではない。
ソラと整理をしていたはずが、いつの間にか二人して本を読み耽るのも時間の問題だった。
そして分厚い本について小難しい言葉で議論しだしたもんだから、きっと部屋は何年経っても片付かないだろう。
そんな、似ていないようで似ている彼らを見て──
「なんだか、もう夫婦みたいねぇ……」
──と、ヒナタは呟いた。
狭い部屋で、尽きることのない若者二人の声。
その後、ソラと緊張でガチガチになったプラドが婚約契約書をヒナタに見せるのは、すっかり日も暮れた数時間後の、出来事だ。
【おわり】
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
139
お気に入りに追加
763
あなたにおすすめの小説

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。

ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる