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48.それが恋だから

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「……呆れたか?」

「違う。安心したんだ」

「安心したのか?」

 不安そうに見上げてきたソラの瞳がキラキラと美しく見えた。
 怒られると思ったのか、不安に揺れる瞳が愛おしくて、思わず抱きしめていた。

「つまりメルランダは、俺に触りたい、そばに居たいと思ってるのか?」

「……ふむ」

 胸に閉じ込めたソラの体から、緊張が伝わってきた。
 そんなソラをあやすように、ポンポンと背を叩きながら語りかける。

「でも俺がそばにいると、妙に心臓がドキドキしてソワソワして落ち着かなくて困るって事か?」

「なるほど、確かにそんな感じだ」

「もっと言えば、俺がそばに居なくても俺の事を考えたり、俺が誰かと話していたら自分だけを見てほしいと思ったりするか?」

「すごいなプラド。そんな事まで分かるのか」

 ソラの感心したような声に、思わずプラドは笑う。
 素直すぎる恋人は、こんな時まで素直に驚き感心するのだ。
 そして素直すぎるが故に、こんなにも恋に振り回されている。
 なんて、愛おしいのだろう。

「あのなメルランダ」

「ふむ」

「お前な……自分が思ってる以上に俺のこと好きだぞ」

「……そうなのか?」

 顔を合わせて話したくて、プラドはゆっくりソラの体を離す。
 見上げる瞳はもう不安に揺れておらず、泉のように澄んだ水色がまっすぐプラドを見ていた。

「プラドには分かるのか?」

「あぁ分かる。なんせ俺もお前と同じようになったからな」

「プラドも……?」

 首を傾げるソラに、覚えがあるだろうと軽くデコピンをする。

「俺もメルランダが好きだから、どう接していいか分からなくなった。暇さえありゃお前の事を考えちまうし、お前の姿を探すし、目で追ってしまう。けど近くに来られたらまともに目を見れないし、近くに居るとドキドキしすぎてどうにかなりそうだった」

「……なるほど、同じだな」

「おぅ」

 ソラの中で色々と合点がいったのだろう。
 スッキリしたように晴れてくる表情に、プラドも自然と口元が緩んできた。

「なのにお前ときたら……人の恋心を奇行扱いしたあげく魔術のせいにしやがって」

「それは申し訳ない事をした」

「まったくだ」

 この野郎めと額をツンツンつつけば、ソラは頭を揺らしながらすまないと謝った。
 そんなソラに笑った後、プラドは「あぁ、そうだ」と思い出したように視線を下にずらした。

「あとな、このプレゼントはメルランダに贈りたくて買った物だ」

 プレゼントを思い出したプラドは、ポケットから取り出しお前のだと言うようにソラに見せる。
 それをソラの手に乗せてやれば、ソラは少ししわくちゃになった小さな紙袋をじっと見つめた。

「……本当に私のか?」

「この髪紐が似合うヤツなんて、俺はメルランダ以外に思いつかんな」

 中身を取り出したソラは、青い石がキラキラと輝く髪紐を、やはりじっと見つめる。
 ただ、じっと見つめるだけで何も言わず、表情も変わらない。
 あまりにも反応がないので、しびれを切らしたプラドが顔を覗き込んだ。

「嬉しい、か……?」

「……ふむ……」

 少し驚いた表情のようにも見えるが、いかんせん日頃から表情変化に乏しいソラだ。
 じっと見つめるその感情が分からずソワソワしていたら、ソラは独り言のように呟いた。

「あぁ、そうだな……すごく嬉しい」

 嬉しい、と言うわりには表情と合っていなくて、ちくはぐなソラに、今度はプラドが首を傾げる。
 ソラが嘘を言うとは思えないが、この様子で本当に喜んでいるのだろうか。
 そんな事を考えていたら、突然ハッと閃いたようにソラの表情が変わった。

「──そうか、なるほど。プラドが好きだから、私はこんなに安心しているんだな」

「ぶふ……っ」

 突然のソラのドヤ顔。
 そしてまるで実験結果が出た時のような口ぶりに、プラドは思わず、吹き出した。

「ぷっ、ふはは……そ、そうか。分かって良かったな」

「ふむ」

 きっとソラにとっては大発見だったのだろう。
 だから笑い声を響かせながら思いっきり頭を撫でてやれば、髪がぐちゃぐちゃに乱れるのも気にせず満足気にソラも笑う。

「あっ、そうだ! おいメルランダ!」

「ふむ?」

 そのまま穏やかな空気が流れるかと思われたが、ここでプラドは重要な案件を思い出してしまう。
 名を呼ばれたソラは、髪がぐちゃぐちゃのまま返事をした。

「ちょうどいいからこれもちゃんと、絶対に、覚えとけ! 部屋に恋人を呼ぶつーのはだな、なんつーか、恋人らしい事をしたいって意味だからな!」

「恋人らしい事とは?」

「あー、だから……触れ合いたいって事だよ」

「触れ合いたい……」

「つまり触れ合いたいってのは……キスとか、それ以上の触れ合いがしたいって事だ」

 出来る限り分かりやすく言ったつもりだ。ソラに遠回しな言葉は通じないのだから。
 放っておけば大事故に繋がりかねないソラの無知に、警鐘を鳴らすべく真剣に訴える。

「──……意味分かるか?」

「ふむ」

「じゃあ、絶対に恋人以外……いや俺以外を部屋に誘うんじゃねーぞ!」

 自分以外の人間がソラのプライベート空間に入るなど、許される事では無いのだから。

「承知した」

 コクリとうなずくソラを見て、プラドは安堵しソラから体を離す。
 ひとまずこれでソラが安易に他人を部屋に、いや自分以外を部屋に招き入れる事はないだろう。
 そのまま両腕を後ろにつき、ふぅ、と、すべての問題が解決した事を実感して息を吐いた。
 ソラもプラドにならい、力を抜いてリラックスした様子で空を見上げた。
 白熱していた会話が終わると、風の冷たさを思い出す。
 そろそろ日も暮れるから部屋に戻るべきだろう。

「……──」

 二人の会話が無くなれば、手入れすら忘れられた古いガゼボは、風の音しか聞こえなくなった。

「──…………あー……それで、なんだが、メルランダ」

「どうした?」

 そんな静かな空気の中、プラドは頬を掻きながら少し緊張したように口を開いた。

「……俺の部屋に来ないか?」

「……──」

 再び静かな、そしてピンと張った空気が流れ、そんな中でソラはぐちゃぐちゃになった髪を触りながら──

「──……うん……」

 と、風に消されそうなほど、小さく小さく返事をした。

     
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