上 下
44 / 60

44.ドキドキお部屋デート

しおりを挟む
   
「へや……お前の部屋か?」

「そうだ」

 ソラは落ちた袋を拾い中の本を確認した。
 幸い一緒に入れていた素材がクッションになり、本に破損はないようだ。
 安堵したソラは、袋をもう一度プラドの手にかけ持たせてみた。
 今度は爪が食い込みそうなほど強く握ったのでもう落とさないだろう。

 ソラがプラドを私室に誘ったのは訳がある。
 パン屋のマリアからのアドバイスだったからだ。
 しかしいくらマリアとて、いきなり部屋に誘えなど書いてはいない。
 ちゃんと手順を踏んだ誘い方を事細かく記載していた。
 だが残念ながら、雰囲気のある店でどうのこうの、ボディタッチがどうのこうの、上目遣いで恥じらいをもってどうのこうのと多量に書かれていても、ソラには理解が出来なかったのだ。
 だから大半を読み飛ばしてしまい、最終的に私室に誘う事が出来れば目標は達成、の部分だけ心に留めてしまった。
 だったら初めから私室に連れていけばデートの目標は達成ではないか。ならば初めからそうすれば良い。
 料理を知らない人間がレシピにバターや牛乳や卵を手順通り混ぜろと書いてあるのに「最終的に全部入れるなら初めから全部入れて混ぜれば良いじゃないか」と考えるのと同じ原理だ。
 素人ほど根拠のない自信を持ち好き勝手するからはた迷惑な話である。

 そんな恋愛ど素人のソラの暴走だが、もちろんプラドが知るはずもない。
 いやいや相手はソラだから……と理性的な部分が諭そうとするが、やはりプラドも男である。
 かわいい恋人に部屋に誘われてしまっては、期待せずにはいられない。

「来るか?」

「くる……」

 ややおかしな言葉を披露して、プラドはソラの手を握りしめた。
 ドッキドキお部屋デートの始まりである。

 ソラの部屋に行くと決まってからは早かった。
 プラドが怒涛の勢いで魔導具屋を往復し、使い捨ての移転魔道具を買ってきたのだ。

「歩いて帰れるが?」

「いや、俺が疲れたから使いたいんだ」

「そうか、付き合わせてすまなかった。ならプラドだけ先に──」

「二人で使わねーと意味ないだろ! で、デートなんだから……っ」

「ふむ、そうなのか」

 討伐に付き合わせて悪かったなと思いながら、使い捨て魔道具をたいした距離もないのに使うのは戸惑われた。
 けれどデートとはこういうものだと諭されれば、ソラに断る理由はない。
 デートとは何かを分かっていない自覚はあるので、うなずいてプラドに従った。
 そんなわけで瞬時に学園に戻ったソラは、プラドの手を引いて私室に向かう。
 街に行くときはポツポツと会話をしていたのだが、今はなぜかだんまりのプラド。
 よっぽど疲れているのだろうかと思いながら、ソラは私室の扉を開けたのだった。
 握られたプラドの手に力が入る。
 そして……

「適当にくつろいでくれ」

「…………、どこでだ?」

「ここら辺とかだ。一人分座れる」

 ソラのここら辺と案内された場所は、確かに一人分座れるスペースがあった。

「……──っ、メルランダぁ!」

「ふむ?」

「今すぐ片付けるぞっ!!」

 つまり、一人分ぎりぎり座れるスペースしかないほど、散らかり放題だったのだ。

「片付けが必要か?」

「むしろ何でこれで必要ないと思えるんだよ!?」

 床は紙袋や実験用具で足の踏み場もなく、机と棚は本や紙で溢れている。
 書き損じた魔法陣の紙は、山のように積んでは放ったらかしだったのだろう。所々で紙山が地すべりをおこしていた。

「お前……よくこれで恋人を呼べたな……」

「どこら辺が問題なのだろうか?」

「……」

 ベッドの上にすら紙とペンが置いてある様子に、プラドは頭を抱える。
 当のソラといえば、何が問題なのかさっぱり分からない。
 なんせ恋人を部屋に呼べば目標達成だとしか考えていないからだ。
 恋人と部屋で何をするのか理解していないソラが、プラドが何を期待して来たかなんて分かるはずもない。
 そんなプラドの下心など何ひとつ分からない純粋な目で見上げるソラに、プラドは長く長く、ながーくため息を吐いた。
 ソラのずれた感性に対してのため息だったが、下心しかなかった己がいたたまれなかったのもあるかもしれない。

「……とにかく、まずは片付けだ!」

「ふむ、ではそうするか」

 邪念を諦めるように叫んだプラドに、ソラもうなずく。
 マリアの手紙では、部屋に誘った後は相手に身を任せれば良いとあったので、プラドが片付けると言うならそうすべきなのだろう。
 一人納得したソラは埃被った衣類の山を何だこりゃな顔をして近づくプラドに続いた。

「何で破れたローブが置きっぱなしなんだ! しかも大きさ合ってないだろ……」

「いつか使うかもしれない」

「絶対使わないって保証してやるから捨てろ! あと山積みの服は着てないんだろうが!」

「いつか着るかもしれない」

「ここ一年で着なかったヤツは一生着ねーよ! そんでこの菓子の箱の山は!?」

「いつかつか──」

「──使わん捨てろ!」

 衣類を整理したら次は散らばった紙くずだ。
 明確な不用品なのでとにかく袋に詰めていく。
 それでも床には、買い物をした後に放ったらかしにしていたのであろう紙袋がいくつも転がっている。
 中からは使いかけの素材やポーションがゴロゴロ出てきた。

「いつのだよコレ……この色が変わりかけてるのは使うなよ」

「これぐらいならまだ飲め──」

「まだ三本あるだろ捨てろバカ!」

 もったいないと惜しむソラだったが、古いポーションは無情にも不用品袋に投げ込まれ、素材は空いたスペースに種類を分けて並べられた。今日かった素材ともずいぶんかぶっていた。

「おい、ペンが14本出てきたぞ……」

「それは助かる。すぐ無くすんだ」

「散らかってるから無くすんだバカヤロウ!」

 机の上だけでなく、ベッドやら床やら開けた形跡のない袋やらからゴロゴロ出てきたペンに、プラドがまた何だこりゃの顔で怒る。
 その後も不用品と必要品を選別し、時にまだ使えると渋るソラをプラドが説得して物を減らしていき、魔窟だった部屋はそれなりに見れる形へと変貌していった。
 プラドは己の手で変えた部屋を満足気に見渡しながら、ソラに仁王立ちで言う。

「いいか、まず買ってきたもんは袋から出せ。それを習慣づけろ。袋から出さないから何があるか把握出来なくて物で溢れるんだ」

「承知した」

「よし、手始めに今日買ってきた物を片付けろ」

「ふむ、まず袋から出して……──」

「──本を読み始めるなぁあっ!!」

 しかし仁王立ちは簡単に崩れ、けっきょくプラドも最後の片付けを手伝う事となった。
 プラドの怒声が飛び交ううちに日は暮れ、恋人になって初のデートは幕を下ろす。
 ドッキドキお部屋デートの道のりは遠そうだ。

 
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

処理中です...