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36.いったい誰が
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ソラは、食事と言えば食堂しか思いつかなかった。
なんせここならばタダで食事ができるのだから。ランチボックスだってかなり安価で揃えてくれている。
食堂かランチボックスを持って外で食べるか、ソラの学園生活での食事はそれしかない。
だから、思いが及ばなかったのだ。わざわざ金銭がかかるカフェで食事をするなどと。
「あ、プラドさん、新作のメニューありますよ!」
「バスルを使った料理ですよ! プラドさんお好きでしたよね!」
「いらん。サンドイッチでいい」
「でも……最近あまり食べてないみたいですし──」
「いらんと言ってるだろ」
「はい……」
授業を終えたプラド達は、校内のカフェテラスに来ていた。
学生相手にしては少々値が張る場所だが、食堂のような混雑も無く料理を取りに行くような手間もない為、プラド達はいつもここで食事をとっていた。ソラと鉢会わなかったのはそういう訳だ。
ただ、いつも優雅で和やかな雰囲気が漂うカフェテラスだが、今はどこか居心地が悪かった。
もちろん季節的に気温が下がったからではない。ここカフェテラスは育ちの良い坊っちゃんやお嬢様が利用する為、たとえテラスでも魔石を仕込んだ防寒対策がなされている。
ではなぜこうも居心地が悪いのか。原因はプラドだった。
「……」
「……」
「……」
以前であれば明るい話し声が絶えなかった場所も、今は三人とも黙り込み、トリーとマーキは気まずさを誤魔化すように水を飲む。
本当はトリーもマーキもプラドに聞きたい事が山程ある。
なんせ休みが明ける前から、同級生の間ではプラドの噂でもちきりだったのだから。
プラド・ハインドとソラ・メルランダがデートをしていた、と。
しかも目撃者の話を聞けば聞くほどこちらが恥ずかしくなるような内容ばかりだ。
ずっと手を握って離さなかっただの、食事中までわざわざ隣に座ってイチャついてただの、森の泉の妖精が天使の微笑みをプラドに見せていただの様々。
とにかく、羨ましい事この上ない話がトリーとマーキの耳にも次々届いた。
これは学園に戻ったらプラドに確認せねば。きっとプラドも満更でもない様子で語るだろう。
二人はそう思っていたのだ。
それがどうだ。
久しぶりに顔を合わせたプラドは、幸せオーラなど微塵も感じないほどやつれていた。
イライラした様子を隠しもしないプラドに、からかってやろうとしていた同級生たちも皆空気を読んで距離を置いた。
『ソラ・メルランダと何かあったんですか……?』
ただここで空気を読まなかったのがマーキである。
あまりにも普通でないプラドにしびれを切らして、ついに皆が考えていた事を口する。
『ヤツは関係ないっ! ソラ・メルランダなどどうでもいい……っ!』
そこでこうも分かりやすく反応したものだから、それからソラの話題は出せず仕舞いなのだ。
味のしない食事を終え、三人はカフェテラスをあとにする。
「プラドさん、明日の休み何かご予定は」
「部屋で勉強だ」
「……そ、そうですよね」
「あの、じゃあ、俺たちはこれで……」
気まずい雰囲気のまま別れ、プラドも寮へ向かう。
しかし真っ直ぐ私室に戻る気にもなれなくて、ふらりとあてもなく校内をうろつきだした。
無意味な行動に、自分で呆れる。己はいったい何をしているのだろう。
不機嫌を隠しもせず、周りに気を使わせて、おまけにやるべき事を成そうともしない。
先の試験でプラドは、学年四位とありえない成績を残した。
首席争いどころか、トップ3からも転がり落ちたのだ。
しかし、当然の結果だった。トップを目指してがむしゃらに勉学に励んでいた。
それを止めてしまえば、落ちるのなんて簡単なのだから。
当然の結果、なのに、いざ現実を突き付けられると、やはり受け入れられなかった。
こんなの自分じゃない。ありえない。何かの間違いだ。
そんな時に会ってしまった。不動のトップ、ソラ・メルランダに。
思わず逃げたのは、惨めな自分を見られたくなかったから。
今まで散々、必ず超えると豪語してきた。そんな相手にこんな体たらくを見せられるはずがない。
それでもソラは、そんなプラドに手を伸ばして話がしたいのだと訴えた。
拒絶したのはやはり己の心が弱いから。
かっこ悪い自分を、惨めな姿を、見てほしくなかった。
目すら合わせる度胸の無い自分など、もう、隣に立つ資格すらない。
いつの間にか辿り着いた校舎のバルコニー。
たまに生徒がたむろしているが、今日は誰も居ないのを良いことにプラドは柵に体を預けて大きく息を吐いた。
見下ろす校庭からは運動を行う者や魔術を試す者、目的は無いが友人と歩いて会話を楽しむ者達の楽しげな声が聞こえてくる。
それぞれ有意義に過ごす彼らを見下ろしながら、プラドはまた大きく息を吐いた。
このままでは良くないと理解している。しかし、じゃあどうすれば良いのか、分からない。いや、きっと考えるのも億劫なのだ。
怠惰を嫌っていたはずなのに、今の自分に呆れて笑いすら起きない。
くだらない、こんな感情。と、プラドは吐き捨てるように思う。
恋だの愛だの、こんなくだらない感情に巻き込まれるぐらいなら、切り捨ててしまえ。
さっさと忘れてしまえばいいのだ。これからもずっと距離をとって、彼を視界に入れないようにして、逃げて、逃げて……──
大嫌いだったはずの逃避に縋り付こうとするプラドは、それが最善なのだと自分に言い聞かせ、痛いほどに食いしばる。
そんなプラドに、声をかける人物が居た。
「やぁやぁ優等生くん。青春してるー?」
「失礼します」
「ちょっとちょっと待てって! なーんでそうここの生徒は付き合いが悪いかなー。もっとノリ良く生きよーぜ」
間延びした声を聞き迷わずきびすを返したプラドに、男は焦った声でまた呼び止める。
面倒くさいのに捕まった。そんな感情を隠しもせずにプラドは男を見た。
しかし男はヘラヘラと笑ってそんな視線を受け流す。
プラドに声をかけた男はルーズ。実戦考査の際にプラド達の担当になった教師だ。
教師だと言うのに、なにかといい加減な彼に対して苦手意識を持つプラドは、さっさと退散したかった。
しかし教師から呼び止められてしまえば、生徒という立場上従わざるを得ない。
今日は厄日だと諦め、プラドは姿勢を正して向き合った。
だと言うのに呼び止めた本人は柵に両腕をかけてよりかかり、先程のプラドのように校庭を眺めだす。
「元気なさそうだよなー」
「……っ、余計なお世──」
「──メルランダのヤツ」
「……は?」
こいつは何がしたいんだと、相手がこちらを見ていないのを良いことに睨んでいたら、癇に障る言葉を投げられて口の端がヒクリと動く。
関係ないだろ、アンタには。俺がどんな気かも知らないで。
苛立ちは生徒と教師である事を忘れさせ、つい反論の言葉を吐きかけたが、続いたルーズの声に言葉がつまる。
何を言っているんだ、この男は、と目を見開き、そして馬鹿馬鹿しいとまた睨んだ。
なぜソラが元気がないのだ。
彼は今回も絶好調の成績だったではないか。首席争いから情けなくも転がり落ちた自分とは違って。
確かにプラドが拒絶した際に、僅かに悲しげな顔を見せた。
けれど、彼は自分になど興味はない。せいぜい良い実験体から拒絶されて残念がった程度なものだろう。
そうだ、ソラは、自分になんて興味がない。
己が彼の世界から居なくなったところで、彼の世界は何も変わりはしないのだ。
自嘲気味にそう笑うが、それでもルーズは話を続ける。
「ハインドがメルランダを避けてるせいだったりしてー」
「はっ、そんなわけ……」
「知ってるかハインド。メルランダのヤツさ、お前と居るときが一番楽しそうだぞ」
「……」
そんなわけ、ない。そう思おうとするが、心臓がドクンと動いた。
ダメだ、また傷付くだけだ。期待したって裏切られるのだから。ソラの心に、自分なんて居ないのだ。
そう、思うのに──
「まぁアイツ表情変わらんから、知らんけど」
「おい……」
ほんの少し期待すればこの言葉。
思わず殺意を覚えながらも、いい加減な、と呆れの声をこぼすだけにとどめた。
はぁ、とため息を吐いて脱力すれば、会話の流れからか、不意に彼が他生徒に囲まれている風景を思い出す。
人気者のソラ・メルランダ。そうだ、彼は自分が居なくとも、楽しそうに過ごしていたじゃないか。
そう思うが、ほんの少しだけ違和感を覚えた。
そう言えば彼は、自分以外と話している所を見た事がない。
生徒に囲まれて、賛美の声をあびていても、彼が話す事はあまりなかった、ように思う。
ソラはもてはやす声を、ただ黙って聞いていた。
「お前ぐらいなもんだよ。メルランダにメンチを切れるのなんて」
「それは……」
「実践考査でメルランダに難なく付いて行けたのも、お前ぐらいなもんだろうな」
実戦考査でなくても、今まで生徒同士でペアを組んでの訓練は何度かあった。
たいがいはソラの実力について行けず、ただそばで尊敬の眼差しをむけるだけなのだと。
それはそうだとプラドは思う。
ソラは実力は抜きん出ているが、言葉が圧倒的に足りない。だから行動が予測できず、ただ力を見せつけられ、圧倒される。
プラドがそれでもソラと問題なく行動できたのは、魔術に関する技術と知識があったからだ。だからこそ、ソラに合わせて行動する事が当たり前に出来た。
「腐ってんなよ若者よ。メルランダの横に並べるのはハインドぐらいなもんなんだからさ」
「……っ!」
そうだ、中途半端な実力でソラについて行けるはずがない。自分だから、彼について行けたのだ。
がむしゃらに努力してきたからこそ、あの位置に居られたのだ。
「お前だけは、アイツと対等でいてやれ」
校庭を眺めていたルーズが、柵から体を離しプラドに振り返る。
相変わらずヘラヘラとしまりのない顔だが、瞳の奥は優しく、生徒を見守る教師の暖かさがあった。
「はい飴ちゃんあげる」
「……どーも」
プラドが何か言おうとする前に、ルーズはポケットから飴玉を出して渡してきた。
そのままひらひらと手を振り去っていく後ろ姿に、色んな言葉を飲み込んだプラドは、紙に包まれた飴玉を握りしめる。
お前はいつまでくよくよしているつもりだ?
失っていた自信が蘇ったかと思えば、さっそくプラドを叱咤する。
お前、まだグズグズするつもりか、と。
ソラが好きだ。けれど彼の心は自分に無い。
だったら、彼を得るために何か努力はしたのか?
ソラを手に入れる為に、最善を尽くしたのか?
一度失敗しただけで簡単に諦めるのか。いつから自分はそんな情けない男になったんだ。
ドクンドクンと心臓が忙しない。けれど、嫌な感じはしない。
今までいったい何をしていたのか。恋愛なんて馬鹿馬鹿しい? 馬鹿馬鹿しいのは逃げてる自分だ。
魔術も、恋も、諦めるなよ。
会いに行こう、ソラ・メルランダに。
散々突き放しておいて、今更かもしれない。
けれどどうか、もう一度チャンスがほしい。
いや、一度で駄目なら二度三度。諦めの悪さなら、自信がある。
欲しい物を手に入れる為なら、どんな努力だってしてきたのだから。
「メルランダ………ッ」
手に入れたいのだ。たとえ困難を極めても。
自分はどうしてもソラ・メルランダが欲しいのだから。
強い決意を胸にして、プラドはソラに会うため一歩を踏み出し──
「──うぉっ!? ぬおぉぉああぁぁ……っっ!!??」
落とし穴に落ちた。
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