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29.キミに伝えたい事がある

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「プラドに見せたい物がある」

「なんだよ」

 やたらと甘い店を出て、二人は広場に来ていた。
 芝生が広がり人工的に創られた小川の流れる広場は、カップルから子連れまで様々だ。
 その一角で座り込み、ソラはバッグの中を探る。
 そんなソラの腰を抱きながらソワソワ見ていたプラドは、「あのなぁ……」とやはりソワソワした様子で口を開く。

「あー……、お前が人との距離の縮め方が下手なのは分かってる。だが物でアプローチしすぎるのはどうかと思うわけで……だから、まぁ、そんな事しなくても俺は──」

「やらんぞ?」

「は?」

「見せたいだけだ」

「……は?」

 ソラの予想外の言葉に固まるプラドにかまわず、ソラはバッグをあさる。
 取り出したのは一冊の厚い本。
 ソラが自宅の本棚から厳選した魔術の書籍だった。
 目を丸くするプラドに見せつけ、ソラは自信満々に言う。

「プラドに自慢したくて持ってきた」

「……お前──」

「うん?」

 未だに固まったプラドは、ソラが持つ本をまじまじと眺めた後に、ゆっくり口を開いた。

「──これ……カルマン氏の著書じゃねーかっ!」

「ふむ!」

「あの賢者と呼ばれた男の!」

「そうだ」

 目の色を変えたプラドと、鼻高々になったソラ。
 急に熱を帯びた二人の会話はまだ続く。

「何でお前が持ってんだよ! これカルマン氏が生まれた東の諸島でしか売られてなかった上に出たのは俺たちが生まれる前だろっ!?」

「両親が残した物だ」

「見せるだけかよ! せめて貸せ! 五日……十日だけ!」

「ダメだ」

「くそ……ホントに自慢だけしに来たのかよっ」

 心底悔しそうにするプラドには申し訳ない気持ちもあるが、それより本の価値を分かってもらえた嬉しさが勝る。
 調子に乗ったソラはまたバッグに手を入れ、更に自慢の本を取り出す。

「あとこれも持ってきた」

 どうだ、と見せたソラだが、今度はプラドが自慢げな顔となった。

「……ふん、残念だな。それなら俺だって持ってる」

「そうか、流石だな」

「それよりお前はリディオンによる古代魔術の解説は持ってるか」

「あぁ、全巻持っている」

「ほぉ、じゃあそのリディオン国の原文ままの書籍はあるのか?」

「……っ! まさか翻訳前の……原書を持っているのか?」

「ふふん、当然だ」

「貸してくれ」

「どーしよーかなー」

 そんな楽しげな会話が途切れること無く続く。
 続く会話の間に、はしゃぐソラというとんでもなくレアな姿を見せたが、プラドもたいがいはしゃいでいたので気づかなかった。
 ただ、無意識のうちにプラドの記憶へしっかり刻まれただろう。
 そしてソラは、はしゃげる相手を見つけられた事を、心から喜んだ。
 楽しくて、嬉しかった。



 * * *



「ほら、人混みが苦手なら飲んどけ。スッキリするぞ」

「薬草水か」

「ハーブティーと言え」

 マニアックな話題で一通り盛り上がった後、二人は再び歩き出す。
 プラドがどこに行きたいかと聞くので、ソラは「魔石が見たい」と答えた。

「装飾用か?」

「魔術用だ」

「だったら魔石店じゃなくて市場のほうが掘り出し物がある」

 そんな会話の後に連れて行かれたのは、人がごった返す王都で一番大きな市場。
「何の祭だ?」と問うソラは、「祭じゃない」と笑いながら渡されたハーブティーを飲んだ。
 プラドの言う通り爽やかな香りのハーブティーで頭がスッキリし、手を引かれて市場に足を踏み入れた。
 新鮮な果実から怪しい香りの漂う精油まで、様々な品を節操なく並べる露店の数々。
 右も左も人だらけな道なき道を、プラドは器用にかき分けて進んでいく。

「プラドは何の魔術を使っているんだ?」

「魔術? 何のことだよ。今は使ってないぞ」

「では、なぜぶつからずに歩けるんだ?」

「……こんなもん慣れだろ」

「そうか、たいしたもんだな」

「……」

 無意識にプラドを舞い上がらせる会話を交わしながら、上機嫌なプラドに魔石の露店を案内される。
 プラドの言う通り、ガラクタのような質の悪い魔石の中に紛れて、上質な魔石も無造作に置いてあった。

「その石気に入ったかい? お客さん美人だから手を握らせてくれたら割り引いてあげるよー」

 一つずつ手に取って気に入った魔石を選んでいたら、来た時からジッとソラを眺めていた商人に声をかけられる。
 手を握るだけで値引いてくれるなんて親切な商人だなと何の疑問も持たずに手を差し出そうとするソラ。
 そんなソラの手をニンマリ笑って両手で掴もうとする商人の腕をプラドが払い落とし、誰の許可を得て触っているんだと睨みながらついでに値段交渉もした。
「冗談だよ怒んないでよー」とヘラヘラ笑った商人は、プラドの交渉にのり、元の値段から三割ほど割り引いてくれた。

「ありがとうプラド」

 布袋に入れられた、新しく手に入れた魔石を大事に握りしめソラが言う。

「こんなに安く手に入るとは思わなかった。プラドは交渉までできるのだな」

「……あのなぁ」

 あまり表情の変化は無いがホクホクと嬉しそうなソラに、プラドは少し顔を赤くしながらも呆れた声を出して叱る。

「ここは値引き交渉されるのを前提に値段が書かれてんだ。馬鹿正直にそのままの値段で買おうとするな。ましてや値引くからってセクハラを簡単に許すな。調子に乗って今度は尻を触られるぞ」

「尻ぐらい良──」

「良くないアホッ!!」

 怒鳴られ、これは本気で怒っているのだと理解する。
 しかし何がダメだったのか分からない。なんせ心当たりが多すぎるのだ。
 初めて出歩いた王都。知らない事だらけで楽しかったが、プラドに叱られた事で自分があまりにも無知だと今更ながら気づいた。
 無知すぎる自分に、プラドも呆れただろうか。そう考え出すと急に不安が広がる。
 プラドが当たり前のようにこなす事が、自分には出来ない。
 店での注文も、市場での交渉も、出来ないどころかそんな方法がある事すら知らない。
 人混みをかき分け歩く事すら、プラド頼みだった。
 自分は、あまりにも非常識なのではないか。
 こんな自分を見て、プラドはどう思っているのだろう。
 楽しくて楽しくて、キラキラと輝いていた世界に靄がかかった気がした。

「私は非常識だろうか?」

 ポロリと、不安が口からこぼれる。
 するとすかさず、プラドが返事をくれた。

「は? 別に、俺の常識がお前の常識とは限らんだろ」

 ただ今後も王都は一人で歩くなよ、と付け加えてプラドの手がソラを引き寄せた。

「ドライハーブも見てまわるか?」

「……あぁ」

 何でもないように、当たり前のように返したプラドは、もう何でもなかったかのように話題を変えてしまう。
 けれどソラの胸にストンと落ちた言葉は、モヤモヤとした悩みを浄化するように消し去り、視界がとたんに明るくなった気がした。
 ソラは力強く引いてくれる手を握りなおした。

 時間は楽しければ楽しいほどすぐに過ぎ去る。
 日が傾きかけた王都は黄金色に包まれるが、それでも人は途切れなかった。

「少し休むか」

 そう言って連れられたのは、繁華街から脇にそれて進んだ先にある、街並みが見渡せる高台だった。
 石を積んで作られた囲いに体を預けて街並みを見渡せば、歩いて火照った頬を冷たい風が吹き抜け心地よい。
 近くの住民しか使わない道のようで、二人以外に人はおらず、静かに休憩するには丁度よい場所のようだ。

「プラド、今日はありがとう」

「……別に、案内ぐらい安いもんだ」

 二人で遠くなった喧騒を眺めながら、しばし静かな時間が流れた。
 今日は来て良かったと、ソラは心から思う。
 そして心から、楽しかった、とも思う。
 未知の世界に足を踏み入れたような、冒険より冒険をした気分だ。
 それでも安心して楽しめたのは、間違いなくプラドが隣に居てくれたからだろう。
 ソラは知らない事だらけの自分を辛抱強く見守ってくれたプラドに感謝した。

「キミは私を嫌っていると思っていた」

「は? 別に、嫌いじゃねーけど……」

「じゃあ、好きなのか?」

「なん……っ、なんでだよっ!?」

「嫌いじゃないなら好きなんじゃないのか?」

「お前はなんでそう極端なんだ……嫌いと好きの間に普通だとか無関心だとかってもんがあるだろが」

「キミは常に視野を広く持つ人間だ。たとえ私であろうと無関心ではないだろう」

「そ、そりゃ、まぁ……っ」

 曖昧な答えを返されたが、嫌いじゃないと言ってもらえただけでソラはありがたかった。
 いつも怒らせてばかりだったのだ。嫌われても仕方なかったのに、今日はこんなにも親切にしてくれた。
 けれど、感謝すればするほど申し訳ない気持ちが大きくなる。
 ずっと握られていた右手。今も大きな手のひらに優しく包まれている。
 この手のおかげで、ソラはとても安心できたのだ。
 だが、本来の目的を忘れた訳では無い。
 ソラはこの日ずっと、今日の本来の課題である、プラドの中の異質な魔力を探し続けていたのだ。
 しかし、大きな魔力の乱れは多々あったものの、異質な魔力はどうしても検出出来なかった。
 これだけ一日付き合わせておいて、自分は成果を上げられなかったのだ。

「……プラド」

「なんだよ」

 隣でソラと同じように囲いに体をあずけていたプラドは、名を呼ばれてこちらを向く。
 同時に首にかけていたペンダントが、コロリとプラドの胸を転がる。
 そのペンダントにソラは触れ、そっと魔力を流してみた。
 長時間記録していた脈拍と拍動の強さは、一般成人より大きく乱れているのが確認出来た。
 一方で魔力には異常は見られない。
 つまり、プラドの異常行動は魔術ではなく病症の可能性が高いのだ。
 そうなると、もうソラの専門外だ。
 これ以上、己では役に立てないと分かり、悔しくなる。
 けれど、結果を本人に伝えない訳にはいかない。
 プラドの胸元に手をおいたまま目を伏せていたソラは、意を決したようにプラドと視線を合わせた。

「プラド、キミに伝えたい事がある」

「……っ」

 少し不安に揺れる瞳でプラドを見れば、目が合ったプラドの顔が、みるみる赤く染まっていった。

   
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